Candy of Magic !! 【完】

ヤトの本質




───そう。あのときだってそうだ。


聖ナヴィア魔法学園では、生徒は簡単に言うと学力で、だんだんと授業のクラスが別れていく。

1組の学力優秀者と2組の学力優秀者は同じ先生から教わるようになっていて、数学と理科と魔法の授業が対象だ。

魔法の場合は全学年対象で、例え1年生でも魔法の素質がある人は飛び級みたいな感じで、4年生ばかりの授業を受けることもあるのだ。


幸い、私は数学も理科も優秀と認められ、上のクラスに入ることができた。ユラはあんな感じで苦手だったから、私とは別の授業になってしまったけど仕方ない。

むろん、魔法の方は知っている通り別個だから関係ないんだけどね。


あのとき、私はかなり焦っていた。体育の授業の後で、しかも片付けを任せられ着替える時間も少なくてとにかく焦っていた。

次の授業は理科で、担当はタク先生だったけど遅刻には厳しくて、体育の後だったとしても遅刻は遅刻とペケをつけられてしまうのだ。

ペケが続けば成績にも関わるから避けたい減点でもある。


そのこともあって、私は特に確認するでもなく筆箱と教科書類を脇に抱え走りに走った。教室は誰もいなくて空っぽ。他の教室も授業が始まるから皆すでに席についていて、廊下には誰もいなかった。妙に響く足音が恥ずかしくて、うつむきながらとにかく目指す教室へと向かった。

そして、なんとかチャイムと同時に教室に着いて一安心。ほっと胸を撫で下ろして荷物を机の上に置いた瞬間愕然とした。

なんと、理科の用意を持って来たはずが、数学の用意を持って来ていたのだ。ノートはどうにかなるにしても、教科書はどうやっても代用できる品物ではない。

後悔しても時すでに遅し。ちゃんと確認しなかった自分の過失だ。悪いのは体育の先生じゃない。

でも困ったことに、例のマナのせいで一番前の席に座るのが習慣付いてしまっていて、タク先生からは見ようと思えば教科書が違っていることはバレバレ。でもそのときはまだバレていなくていつかはバレてしまうとひやひやしていた。


手に汗を滲ませていると、上からスッと教科書が降りて来た。その手が私の反応を待たずに離れるもんだから慌ててキャッチする。先生の目を盗んで見上げると、上の段に座っていたヤト君が教科書を降ろしてくれたことがわかった。

いいの?と小声で訪ねると、俺よりもおまえの方が必要、とだけ言われて私の頭を押さえつけられて前を向かせられた。


もう一度顔を上げようとするもまた押さえつけられたから、諦めて行為に甘えることにした。


そして何事もなく授業を終えられたけど、ヤト君はかなり不便だったに違いない。返しに近寄ったとき、不便だったでしょ?と聞いた。でも彼は……



「隣のやつに借りたから平気。それにおまえの場合はしょうがない」



私が体育の後で焦っていたのを把握していたヤト君は、今度は気を付けろよ、と言った後教科書を受け取って去って行った。慌ててその背中にお礼を言うと、彼は気障に片手だけを挙げて返事をした。


彼の優しさはこれだけじゃない。


ほら、前に数学の最初の授業のとき、私が遅れそうになったじゃない?そのときも先に入ったヤト君はドアを開けっ放しにしておいてくれた。私に少しでも時間をかけさせないために。


こういった気遣いが、周りのクラスメートにも徐々に浸透していって、皆の彼への認識をかけがえのない存在へと変えたんだ。

授業中に、ペンを落とした本人が動き出す前にサッと拾ってあげてたし、いつも朝は少し早めに教室に来て窓を開けて換気しておいてくれている。

それはただ単に自分のためかもしれないけど、埃っぽいむあっとした空気を感じることはない。

掃除のときも進んでちりとりを使ってゴミを拾うし、使った後の箒も皆の分を集めて代わりにしまってくれる。


そういう気配りを彼は当たり前のようにこなせるのだ。それはたぶん、孤児院時代の習慣のせいで身体が勝手に動いているのかもしれないけど、これまで話した内容を淡々とできる人はそうそういない。しかも彼は無意識にやっているのだ。そこも彼の魅力のひとつでもある。

そういう彼の気遣いに気づいて初めて、彼の素晴らしさに気づくのだ。彼の無意識な気配りや、不器用な優しさに触れて彼を知る……私はいつだったか、彼が学校に慣れてきた、と言った。学校に慣れてきたから彼が周りに心を開いてきたのだと。


でも違ったんだ。


彼が学校に慣れたんじゃない、私たちが彼に慣れたんだ。彼の性格に慣れたから、私たちは素直に彼の存在を受け入れられた。


そんな彼が、私に協力を要請してきた。


いつもヤト君にサポートされていた私が、今度は彼をサポートする番だ。この機会を逃しては恩返しをする時も逃してしまう。いろいろと迷惑をかけていたからそれは避けたい。


いいよ。海のことも、花火のことも、これから先の新しい発見のことも、すべて共有して一緒に知ろうよ。理解しよう。

いつかは大人になってしまうけど、そういう新しい発見をしたときの真っ直ぐな心をいつまでも持っていたいね。純粋な感動、驚き。大人になったからきっとそれらは薄れてしまうんだろけど、思い出としていつまでも胸に閉まっておくね。


だから、ヤト君にもいつまでも覚えていてほしいな。そういう発見は心の成長に繋がってるから、ヤト君が難しいお年頃になれば恥ずかしいとバカにしてしまうかもしれない。もちろん私も、なんてこのときの私はバカなんだろって思うようになるかもしれない。


でも、きっと思い出は心の糧になれる。


皆と過ごしたこの夏の海、そしてスリザーク家で年越しをしたことは私の中では最高の思い出となった。



< 70 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop