悠久幻夢嵐(2)-朱鷺の章-Stay in the Rain~流れゆく日々~

7.水に消える故郷



辺り障りのない日常。


午前中は、授業を受けて
教室から外をボーっと眺める。

昼休みは、あの隠れ家へ。


地球(ほし)の声を聴くことを
取り戻した俺には、
瞬時に流れ込むように入ってくる音の洪水に
頭痛や吐き気すら覚えることもあったが、
一番、現実問題として問題視されるのは
今、この瞬間。



目の前で発せられている、
音・言葉を拾い上げることだった。




授業中、休憩時間。



ふいに話しかけられても、
その時の一瞬のその音が
膨大な音の、
どれなのかがすぐに結びつかない。


それを見極めようとすると、
精神が一気に疲労していく。


学校と自宅マンションを往復して、
帰宅した頃には、
毎日のようにベッドにぶっ倒れて
意識を手放す生活。



入学式のある4月から、
時折、学校を休みつつも
何とか通い続けた学校生活も
3ヶ月に差し掛かろうとしていた。



入学式当日。



俺を生神と読んだあの男は、
あれ以来何をすることもなく、
遠巻きに俺を見つめ続けている。


朱鷺宮に関しても、
視線は感じるものの、
何かをするわけでもない。



ただこの頃から、
黒い影を感じるようになった。



不気味な影。



だがその意味は、
わかるねはずもない。





自分の生活だけに
いっぱいいっぱいな中、
ついに迎えたこの日。



今日……阿部村にある、
山辺地区がダムに沈む最後の日。



前日から安部村の徳力総本家の邸。

実家入りしていた俺は、
早朝から儀式に向けての支度を整えていく。


まだ夜が明けきらぬ頃に
白装束に袖を通して、
部屋を抜け出す。




部屋の外には、
同じように今日の儀式を手伝う
万葉がゆっくりと控えた。



「飛翔は?」

「急患が入られたそうで、
 朝一に久松が
 お連れする手配となっています」 

「わかった。
 桜の支度は?」

「桜御殿には、先ほど華月さまが
 向かわれました。
 
 さくら様も、
 御仕度を始められた頃かと存じます」

「わかった。
 禊の間に入る。

 潔斎が終わるまで立ち入るな。
 
 飛翔が来たら、そこに支度してある
 式服を渡せ」



万葉に告げると、部屋を出て
総本家から裏山を昇り、
お社に続く山道を駆け上がる。


一族の当主のみしか歩くことが許されない道。

そして、その中ほどには、
同じく、一族の神子である桜しか
入ることが許されない小さなお社がある。

桜社をチラリ覗いて、
なおを上に続く山道を歩いて行く。

太陽がゆっくりと姿を見せはじめる頃、
ようやく辿りついた宝殿社(ほうでんやしろ)の傍、
洞窟の中にゆっくりと入ると、
灯りの届かない真っ暗な空間に
蝋燭の灯りを灯す。


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