悠久幻夢嵐(1)-雷の章-a rainy insilence

3.蒼龍を使役せしもの -神威-



華月のお見舞いを後にして、
その日もボクは一族の為の勉強をタイムスケジュールに基づいて
こなしていく。

万葉が手配した講師陣から講義を受けて居る間に
一日が過ぎて、いつの間にか夜になっていた。



「神威、入るぞっ。
 母さんが食事が出来たって連絡してきた」



ノック音の後、外からアイツの声が聞こえた。



「わかった」



返事をして外に出たボクの前には、
出先から帰ってきたばかりの服装をしたアイツ。



「何?出掛けてたの?」

「あぁ、鷹宮にな」

「ふーん」

「仕事だよ。仕事。

 神威、講義中だったろ。
 だから声かけなかった」

「別に聞いてないし。
 ご飯なんだろ。着替えたら?」



相変わらず、ボクたちの会話は
短いけど、それでもそんな言葉遊びが少し
楽しいと思い始めた時間。


「あぁ、着替えたら行くぞ。下」



そう言うとアイツは自分の部屋に移動して、
堅苦しそうなスーツを脱いでくる。

カジュアルな服に着替えた後は、
ボクの名を呼んだあと、そのままエレベーターで階下の早城邸へと連れて行く。



まだ数えるほとしか此処で食事はしていないけど、
だけどここで出される食事は、凄く暖かいと思えた。



父さんがアイツを託した家族……。





アイツには今もこうやってあたたかい家族が居るのに、
ボクには……。




哀しみを押し殺すように唇を噛みしめる。




「親父、明日神威と生駒の神子の元へ出掛ける」



食事をしながら、アイツが明日の話題を出す。



「生駒の神子……確か櫻翼さまの奥方でしたね」



すぐに系譜を思いおこして、言葉を切り返す早城。



「らしいな」

「明朝、神威を連れて出掛けてくる。
 その後、海神に送って鷹宮に顔を出す」

「わかったわ。
 お前も体だけは壊さないのよ」


ボクと早城の会話に割り込むように、アイツが自分の用件を告げると
アイツの母親は、アイツを気遣う言葉を口にする。


そんな言葉が少し羨ましく思えるボクと、
羨ましがる必要はないのだと感じるボク。


ただ……ボクの母さんが今も生きていたら、
父さんが生きていたら、ボクも優しさを感じることが出来たのだろうかと
今も実感のわかない、温もりを頭の中で想像していた。


「神威、そろそろ上がるか」


アイツの声にボクは反射的にダイニングのテーブルから離れて立ち上がる。


「んじゃ、おやすみなさい」

「お休みなさい、神威君」
「お休みなさい」


夜の挨拶をアイツのお母さんは、アイツとボクに向けると、早城も言葉を続けた。


「おやすみなさい。行くぞ、飛翔」


口早に挨拶を返すと、アイツの名を呼んで玄関の方へと向かった。

アイツの足跡が近づいてくるのを感じる。



たった一言「お休み」と言っただけなのに……
その「お休み」は何時もの、挨拶とは何故か違っているように感じた。


早城家を出た後、専用エレベーターで最上階の自室に戻ると
そのまますでに用意されていた、お風呂に入って、パジャマに着替えると
自分のベッドへと潜り込んで、分厚い家庭教師の宿題の本を握りしめる。


途中、アイツが部屋を訪ねて来てボクに眠るように促すと、
殆ど頭の中に入って来なかった分厚い本をボクの手から抜き取った。
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