悠久幻夢嵐(1)-雷の章-a rainy insilence



「宝さま、人にはその人それぞれの持つ特徴がございます。
 
 今の宝さまは、焦っておられます。
 焦っておられます故に、その瞬間気脈が乱れるのです。

 心の乱れは気の乱れ。
 心が静まりきらぬ中で、神の力を宿すなど出来ません」

「なぁ、柊……。
 お前も大変だったのか?修行」

「大変と言えば大変でしたし、流されたと言えばそうなのかもしれません。

 私は生駒の家に生まれました。
 そして幼い頃から、色々なものを視ることが出来る存在でした。

 人が視えぬものを視る私を、一族の大人たちは流石、次期当主だともてはやしましたが
 その力のせいで、気味悪がられた私には友達も作れず、心の拠り所となれるものが居ませんでした。

 そんな折、出逢ったのが徳力櫻翼【とくりきおうすけ】。
 私の夫でした。櫻翼は私自身の身を守るすべを教えてくれました。

 視えない力の修行。私も成果があるかどうかなんて、眼に見えて感じられるわけでもなかったのですよ。

 その後、夕妃を身ごもりました。

 生駒は女傑族。当主となる年、先代当主である母を殺めて就任することが儀式とされています。
 お腹の子にそんな宿命を背負わせたくなかったと言えば聞こえはいいでしょう。

 ですが……私自身が母を殺められるはずもなかったし、我が子の父となる最愛の櫻翼を
 手にかけられるはずもなかったのです。

 生駒の当主は完全に女子でなければならなくて、当主の身を穢した男は罪を犯したことによって
 殺されなければならない。

 バカげているでしょう?

 貴方の住む徳力にも、バカげていると思えることがあると思うわ。
 私はそんな柵から解放されたくて、一族を飛び出した。

 貴方のお父様の恩恵を受けて、夕妃も出産して、夕妃を守るために櫻翼は命をかけた。
 更に危険を遠ざけるため、夕妃を華月様に養子として迎え入れて頂いた。

 でも私は私のことだけで精いっぱいで、何も見えていなかったのね」

「見えていなかった?」

「えぇ。私が生駒を出た後、一族は父親の違う妹の絢吏を当主に据えたわ。
 風が教えてくれたの。

 母が絢吏に殺されたことを。
 だけど妹を責めることなんて出来なかった。

 その夜だったかしら?私が蒼龍を視て交わったのは。

 母の温もりのある慈愛に満ちた蒼龍に抱かれるように、
 私は本来の役割だけを全うしたいと思うようになったの。

 私には守りたい未来があるもの。
 生駒の解放と、最愛の娘がのびのびと自由に暮らせる世界を。

 まだ娘と殆ど変わらない貴方に、こんなことをさせて心苦しく思っているわ。
 だけど……生駒の解放は、宝さまのお許しなしには成しえないの。 

 私は私の持つ知識の全てをお伝えします。
 それが今の私の使命。

 その全てを知って、宝さまがどう思われても私はその意に添いたいと思っています。
 まだ時間はあります。

 宝さまの御身を守ってらっしゃるのは、貴方のお母上様である心凪【みなぎ】様。
 そして先代当主、信哉【のぶや】様。

 ご両親をお信じなさいませ。
 柊は近くで、宝さまのペースでご指南致します」


ボクの問いに、自らの身の上話をした柊。

柊の言葉は今のボクには難しくて、よくわからなかったけど
柊が大切な人を守りたいと思っているのは、ボクにも伝わった。



ボクも大切だと思える存在を守りたい。


その思いがあれば、何時か……ボクの呼びかけに雷龍が応えてくれる日が来るのかもしれない。
そんな風にも思えた。

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