悠久幻夢嵐(1)-雷の章-a rainy insilence




どん底を知らないと、
この歌は……寄り添ってくれないのかもしれない。



そんな風にも感じられる癒しのメロディー。



倍音の歌声を聴きながら、昼食を食べ終えると
俺は勇の自宅を後にして、華月に一本連絡をいれる。






『安倍村の親族の邸を片っ端から訪ねてくる。
総本家も含めて』 

「わかったわ。
 飛翔も気をつけて。
 私も、私のルートでご当主を探します」



お互い連絡を終えて、安倍村の方へと再び愛車を走らせた。


村の敷地に入ってから、一族の邸を順番に訪ね歩く。

何軒かの家を訪ね歩いた後、向かった徳力康清の邸で
神威らしき背格好の存在が、俺の前に姿を見せた。




「神威、顔を見せろ。
 何故、此処に居る?」



勢いに任せて声をかけるものの、
神威の声は何も聞こえない。



ただ神威は康清に耳打ちするように何かを告げる。 





「早城飛翔。
 この場から早々にお引き取りを。

 ご当主は、貴殿で話すことはないと仰せです。

 ご当主は我らがお守り致します」




康清によって言い放たれた言葉の後、
神威らしき子供は、奥の部屋へと姿を消してしまう。




追いかけようとするする俺を
控えていた警備員が捕まえて、邸の外へと連れだす。




神威かもしれない。
神威じゃなかったのかもしれない。





神威の声を聞いたわけではないから。




だけど……、康清の告げた言葉が
神威の本心であれば……俺はどうしたら……。




暫く愛車に乗り込んで動けずにいた俺の携帯が着信を告げる。



着信相手は、徳力闇寿。
華月の旦那だった。



「早城です」

「華月が何処かで捕らわれました。
 私は今から妻を探し出します。

 飛翔殿、貴方もすぐに安倍村からはなれてください。

 徳力は今、大きく二分されてしまったようです」


電話の向こう、闇寿さんはそれだけ告げると電話は途切れる。



慌てて華月の携帯番号を呼び出して発信させるも、
電源が入っていないと言うコールばかりが機械音で告げられる。





何の手掛かりも得られないまま、
俺は闇寿さんの言葉通り、愛車を走らせて安倍村を後にした。


奪う雨は……今日もまた、
大切なものを一つ、また一つと俺から奪い去って行く。
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