隣の部屋のナポレオンー学生・夏verー
というわけで、あたしはナポレオンの懇願(なのか?)に折れて“見張り”をしているのである。
「もうそろそろ時間じゃない?」
「了解、した……」
ナポレオンは暑さのためか元気のない返事をすると、空虚な眼差しを茹で上がった麺に向けている。
でも、たしかに暑い。
吝なあたしでさえ、今日のように暑い日は、団扇を片手に小型の扇風機を回しているほどだ。
それなのにナポレオンは、こんなサウナのような部屋にいるにもかかわらず、扇風機どころか団扇さえ所持してない。
もし水がなかったら、ナポレオンはとっくに干上がって「干物」ができていたに違いない。
ナポレオンの干物が。
小ぶりな籔に素麺を流し込み、冷水で軽くそれを洗う。
「……パスタなのに……冷やすのか?」
すっかり毎度の勢いがなくなってしまったナポレオンは、茹でられた菜っ葉のような語調で訊く。
素麺はパスタじゃない。
けど、ナポレオンは生前に日本食の素麺なんか食べたことがないだろうし、生まれ変わってから食べたことがあるかもわからない。
なにしろ、御堂暁に転生してからは、フランス人のお母さんだけが家族だったわけだし……。
ほんとにナポレオンが、素麺とパスタを同類と思い込んでいてもおかしくはない。
「そ。
大っきい器に水と氷をいれて、その中に麺を入れるの」
「水と氷だけがソースなのか……?
日本食は質素だと耳にしておったが、まさかここまでとはな……」
「いや、ソースじゃなくて。
汁につけて食べるのよ。
うどんの汁を冷やした、みたいなやつに」
「まさに納涼の食べ物……だな……」