先生がくれた「明日」

嫉妬

そう決意したある日のこと。



「ねえ、莉子。」


「ん?」


「前にさ、うちのお姉ちゃんが、跡部先生にフラれた話したでしょ?」


「あ、言ってたね。」



覚えてる。

バイトが見つかるより前に、友達の知子(ともこ)から聞いた話。

知子のお姉さんの、音楽の桐谷先生が、先生に告白したこと。


あの話を聞いた頃は、先生とは何の接点もなかったから、ただ聞き流していたけど。

今になって思い返すと、少し気になることがある。


「俺は、誰のことも好きにならない。」


先生は、確かそう言ったんだよね。

でも、よく考えるとおかしい。

誰のことも好きにならないって、つまりは結婚しないと言っているようなもので。

先生のように素敵な人が、そんな決意を固める理由が分からない―――



「だけどさ、なんか最近、跡部先生優しくなったと思わない?」


「そう?」


「そうだよ!前はニコリともしなかったのに、最近は普通に笑ってるし。」



確かに、最近の先生は、学校でもよく笑ってる。

見慣れた笑顔だけど、確かに前は、ちっとも笑っていなかったっけ。



「そう、それに!この間なんかバイト見つかった子に、『何か事情があるのか?』なんて尋ねたらしいし。」


「へぇー。」



相槌を打ちながら、なんだか微妙な気持ちになる。

先生の優しさがみんなに伝わることが、嬉しい反面、悲しいような気もして。



「しかもね、その子、先生に嘘ついて逃げたらしいんだよね。」


「嘘?」


「『私、お父さんいないんです。』って。」


「そしたら、先生は?」



尋ねる声が、怒りに震えた。

軽々しくそんな嘘をつくことよりも、跡部先生の優しさを、そんなふうに利用することが許せなかった。



「えっとね、『悪かった。戻っていいぞ。』って言ったみたい。それに、『何かあったら、いつでも言いなさい。』って。」



それを聞いて、心がずんと重くなった。


分かってた。

先生は私に、同情しているだけなんだって。

だから、傍にいてくれるだけなんだって。

私が特別じゃないこと、分かっていた。


だけど、だけど―――



「しかもね、その子、それから跡部先生のこと、ずっと追いかけてるんだって。」


「誰?」


「え?」


「その子、だれ?」


「……言っても多分、莉子知らないよ?2組の、佐倉さん。確か、瑞紀(みずき)って名前だったかなあ。」



それを聞いて、私はいても立ってもいられなくなって。

2組の教室に走ったんだ。



「え、ちょっと!莉子ー!」



背後に、知子の声を聞きながら。

どうしても、許せなくて―――
< 37 / 104 >

この作品をシェア

pagetop