先生がくれた「明日」

風邪

「くしゅん。」


「なんだ、風邪か?」


「大丈夫だよ、多分。」


「風邪なら無理するなよ。」



進路資料室で、さっきからくしゃみが止まらない。

先生の言うとおり、風邪をひいたのだとしたらすごく困る。



「くしゅ、」


「ほーら、もう今日は帰れ。バイトも休むって伝えとく。」


「え、大丈夫だって、」


「意地っ張り。」



先生に散々言われて、渋々帰る。

ほんとに心配性なんだから、先生は。



しかし、家が近付くにつれてだんだん足取りが重くなった。

本当に風邪かもしれない……。

頭が重くて、なんだか少しくらくらする。



「ただいま……。」


「莉子姉!あれ?どうしたの?」


「んー、お姉ちゃんちょっと風邪ひいたかも。うつすと困るから、近付いちゃだめ。」


「大丈夫?」


「大丈夫だよ、心配しないで歩。」



服を着替えて、布団の上に寝転がる。

体が重くて、何もする気にならない。



「あーーー」



額に手を当ててみると、何となく熱い気がする。

うちには体温計がないから、熱があるかどうかは分からないけれど。



「ごはん、」



私は食欲がないけれど、歩のごはんを準備しなければ。

私は、鉛のような体をどうにか起こして、エプロンを掛けた。


台所仕事をしていたら、さっきよりもふらふらするようになってきてしまった。



「莉子姉、ほんとに大丈夫?」


「大丈夫だよ。ごめん、歩、もうすぐごはんできるからね。」



その時、インターフォンが鳴った。



「俺だ!」


「みっちゃん!」



私より先に、歩が走って行ってドアを開ける。



「おい、莉子生きてるか?」



笑いながら入ってきた先生が、私の顔を見て真顔になる。



「ばか。台所に立ってる場合じゃないだろ。ほら、早く布団に入れ。飯なんか作ってやるから。」


「先生、……でも、大丈夫、」



先生は、私の額に裏返した手のひらを載せる。



「大丈夫じゃない。全然。ちっとも!体温計持ってきたんだ。測れ。」



準備がよすぎるよ、先生。

こうなることを予測していた先生が、怖いくらいだ。


私は、仕方なく布団に戻ると、体温計を脇にさした。

あんまり数字は見たくない……。


台所からは、包丁の小気味良い音が聞こえてくる。

先生は、何でもできる。

それが、たまに悔しい。



「ピピピピッ、」



体温計に表示された数字を見て、私はげんなりする。



「鳴ったか?見せてみろ。」



咄嗟に隠すと、先生は呆れた顔で笑った。



「ばか、なに隠してんだ。ほら、見せろ。」



観念して体温計を渡すと、先生はしかめ面になった。



「ほら、だから言ったろう?家まで送ればよかったな。すまなかった、職員会議で。……とりあえず、しばらく寝てろ。一日二日寝てれば、熱も下がるだろ。」



力なく頷いて、布団を被る。

あーあ、また心配かけちゃった。

いつだって、先生に迷惑かけてばっかりだ。


そう思いながらも、いつの間にか私は眠りに落ちていった。
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