過ちの契る向こうに咲く花は
「伊堂寺さん」
 それを母ははっきりと断った。
「おじいさまやお父上ができなかったことを、しようとでも思いましたか」
 別に恨んでもいない、死んだこととあなたたちは関係ない。だから今後私とこの子には近づかないでくれ。

 母は、どういう想いだったのだろう。
 確かに父が死んだことと伊堂寺家は関係ない。あのまま追い出さずに面倒をみていたら避けられた死なのかどうかだってわかりもしない。
 当時お腹にいた私のことをどう考えていたのだろう。これから先のふたりきりの人生をどう想像していたのだろう。

 もうそれもわからない。ただ、知らなくて良かったなんて思いたくはない。
 ただ、これだけはわかる。

 情けなんて、施しなんて、欲しくもない。

 伊堂寺さんはすこしの間だけ目線を落として、しっかりと考えているようだった。きっと答えを、ことばを、先の展開方向を選んでいるのだろう。
 その冷静さがうらやましくって、ちょっといやだった。

「はっきり言わせてもらうと、現状程度で祖父がしたことを償えるとは思っていない。こちらの都合に付き合ってもらっているだけだ」
 話し始めるのに時間はそうかからなかった。ただ時計はそれなりに進んでいるのか、外は暗くなってきていたし、気づけは店内も大方埋まってきている。隣席だけ空いたままなのは、さっきのウェイトレスの配慮なのかもしれない。

「ただ、調べた結果、君のほうが親への印象はいいだろうと思ったのは事実だ」

 やっぱり、よどみはなかった。どこまでも真っ直ぐだった。
 こちらも遠慮なくその顔を見据えるが、やましそうな雰囲気は微塵もない。今言ったことがどうういうことなのか、充分に理解もしているのだろう。

 わかっていたはずだった。最初からそうだった。私はただ、向こうの都合のために付き合って、その報酬を考えておけば良いだけだった。

「他人のことって、半日もかからず調べられるものなんですね」
 どうしてかそんな台詞が口から出てきて、相手を知るって、悲しいなと思っていた。
 店内の喧騒が、よけいにさもしさを際立たせてくれた。
 
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