過ちの契る向こうに咲く花は
「だけど親が用意したひとじゃなくて葵ちゃんを選んだ。同居前提の相手に断りを入れて面倒なことをしても、葵ちゃんにした。その気持ちが、巽もすこしは変わるのかなーって」
「すごく強引だったんですが」
「だよねえ。あれはないよね」
 そこをわかってもらえるとは思わず、びっくりして二度見してしまった。
「もちろん、それが恋愛感情かどうかなんて俺にはわからないよ」
 そんな私をおかしそうに笑いながら、鳴海さんはことばを続ける。

「ただ、表面上だけでも婚約者として一緒に暮らしてたわけでしょう。最初はともかく、そんなに儀礼的だった?」
 いらっしゃい、元気な声が響いた。同時に数人のサラリーマンがのれんをくぐってくる。まだ仕事を終えたばかりだろうに、すでにできあがってるんじゃと思うほど上機嫌な団体だった。
 ファミレスだってなんだって構わない、って言っていたけれど、伊堂寺さんもああいうのに参加するのだろうか。歓迎会は静かだったけれど。

 知らない。想像したら似合わないけれど、ほんとうはどうかわからない。もしかしたらフレンチとかのほうが苦手で、こういう居酒屋のほうが好きかもしれない。
 私はたぶん、伊堂寺さんのことを知ろうとはしてこなかった。一ヶ月の辛抱だ。それが過ぎればただの同僚になるだけだと必要以上に関わろうとは思わなかった。

 だけど伊堂寺さんはどうだろう。私のことは調査して知ったとはいえ、それはきっと身の上話程度のことだろう。よしんば水原さんや鳴海さんから普段の私を聞いたとしても、全てとはいかないと思う。
 話は、してくれた。心配も、してくれた。気遣ってくれてただろうし、ちょっと不思議な方向から励まされたりもした。

「ああ、そうですね」
 すとん、となにかが落ちるような気分だった。不意に出たことばがよけいに気持ちをすっきりさせた。
 そういえば結構ぶしつけというかひどいことを言った気がする。それを謝りもしていない。
 私はきっと、周りをシャットダウンし過ぎていたのかもしれない。

 なにも言っていないのに鳴海さんが笑った。追加したビールをもう半分ぐらい飲んでいた。テーブルの上の食事はほとんど手をつけられていない。
「いただきます」
 手を合わせて箸を取る。鳴海さんが取り分けてくれた揚げだし豆腐をひとくち食べて、失敗したとくやしくなった。
「どうかした?」そう問うてくる鳴海さんに伝える。
「温かいうちに食べたら良かったです、冷めてもこんなに美味しいなんて」
 この分だと焼き鳥も煮付けもくやしい思いをしそうだ。

 鳴海さんは声を出して笑って言った。
「また来たらいいんだよ」
 その笑顔がうれしくって、私も思わず頬がゆるんだ。
 
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