過ちの契る向こうに咲く花は
 それから数日は、何事もなく過ごした。
 何事もなくって言ったら語弊があるかもだけど、とりあえず何か事件が起きることもなく、困ったこともなく、日常が過ぎていったと思う。
 伊堂寺さんとは相変わらず。食事のときの会話は増えたけれど、それ以外は必要最低限だったし、職場でも仕事以上の話に及ぶことはなかった。

 以前と変わったのは、伊堂寺さんとの共同生活を除けば、鳴海さんと前以上に話すようになったことぐらいだ。
 鳴海さんは伊堂寺さんのことか、私のことか、もしくは両方か、気にしてくれているみたいで夕食に何度か来てくれた。そのときは、鳴海さんらしく明るくのほのんと会話を繰り広げてくれて、私もほっとできる。

 昼休憩のときも、鳴海さんは決まって中庭に現れる。
「伊堂寺さんのスパイみたいです」
 私がそう言うと、声を出して笑って
「巽のスパイなら、もっとすごいのがいるよ」
 なんて言う。
 だけどあの伊堂寺さんだと冗談なのか本気なのかがわからなくて、笑うに笑えなかった。

 そして週末。今日は飲み会の日。
 残業をいつもより一時間縮めて、みなで予約していた店へと向かう。
 行ってみるといつもの安い居酒屋とは違って、創作料理のこじゃれた店で、しかも個室だった。
「では伊堂寺さんが来たことを歓迎して、乾杯」
 ボスではなく角田さんの温度で、みながいっせいにジョッキを掲げる。
 普段は割と堅い雰囲気のせいか、明るいノリに伊堂寺さんが少々面食らったようだった。

 私はこの、開発企画部の飲み会が好きだった。
 メンバーはみんな年上だし大先輩ばかりだけれど、ボスが仕事は仕事、それ以外はそれ以外、という公私きっちりわけるひとだったせいもあって、飲み会などの場で堅苦しい雰囲気はご法度となっている。私も最初こそ戸惑いはしたものの、いつの間にかちゃんと輪に入れるようになっていた。
 プライベートに仕事の関係を持ちこまないボス、佐々木さん。
 趣味が多くて話題に事欠かないムードメーカー、角田さん。
 普段は無口なのに、うわばみのごとく飲み続けて饒舌になる黛さん。
 そして私の面倒を見てくれ、気遣いに長けた水原さん。
 そんなメンバーのおかげで、私は仕事を続けてられるし、楽しめてるんだろうなぁと思う。

 そしてもうひとつ。
「野崎、ビールもう一杯いるか?」
「うーん、次は杏露酒のソーダ割りで」
「相変わらず甘い酒が好きだな」
「だって女の子ですもん」
「女の子ってガラか?」
「あー、水原さんひどーい」
 こういうときだけは、アルコールを理由にして、ほんのちょっと自分を出せるのだ。
 
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