過ちの契る向こうに咲く花は
 あのあとは特になにも話を持ち出さなかった鳴海さんと別れ、仕事に戻ると、水原さんに「出張の打ち合わせをしよう」と会議室に連れ出された。確かに出張は来週だ。だけどその唐突さに少々面食らう。今までは机で済ませていたのに。
 部屋に入るなり有無を言わさず連れて行かれパイプ椅子に座らされたので、私は出張の資料も何も持っていなかった。かろうじて、鞄の中に手帳があるぐらい。

「あの、打ち合わせって」
 来週行くのは展示会で、どこかを訪問する予定はない。いろんな企業のブースを見て、話をして今何がうちにできそうかのヒントをもらってくる出張だ。せいぜいどのブースを見たいかとかそれぐらいではないだろうか。
「あー、いやまあ」
 水原さんの口も濁る。あやしい。
「わかったよ、そんな顔するなって。いやさ、だってさ」
「正直にどうぞ。私しかおりませんので」
 まだもごもごする水原さんを促すと、大きなため息をつかれてしまった。

「部屋の空気が耐えれないのなんのって」
「空気?」
「あのさ、ぶっちゃけ伊堂寺さんとなんかあった?」
 ひとつ離れたパイプ椅子に座って、水原さんが肩を落とした。
 なにかあった、と問われればそうなのだけれど、水原さんに言えるようなことではない。
「なにが仰りたいのでしょうか」
 私のことばに、水原さんがなんとも悲壮な表情を浮かべる。

「だってさ、お前のことを探しにいった後から伊堂寺さんめちゃくちゃ機嫌悪いじゃんか。いったい何があったらああなるんだよ。美形が不機嫌とか怖いのなんのって」
 それにはすこし同調する。だけどまさかそんなにも空気が悪いとは思っていなかった。私もすこし苛立っていたのかもしれない。もしくは生理痛でそんなこと感じとれなかったのかもしれない。
 なんにせよ、機嫌が悪い理由はわからないものの、きっかけには思い当たる節がある。
「すみません。ですが、私にもわからないです」
 かといって正直に話せもしないから、曖昧にしておく。水原さんはよけいに項垂れてしまった。

「野崎、お前なんとかできない?」
「火に油を注ぐのもいやですし、そもそも原因がわからなくては」
「だよなあ。伊堂寺家のおぼっちゃんに下手なこと言えんしなあ」
 そういえばそうだった。などと今更思い出す。彼はいいところの次男坊どころか、うちの親会社の経営一族なのだ。あの性格上、些細なことでなにかあるとは思えないけれど、うちの社員が下手に手出しできないのは間違いない。
 その割に、私は好き勝手やりすぎた、かもしれない。
 
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