過ちの契る向こうに咲く花は
 やっぱり、それだけすごいひとなのかもしれない。親会社の社長って。私が今まで無関心なだけで、そういうしがらみというか習わしというか、社会におけるどうしようもないヒエラルキーというか、うまく言えないけれど、それらは結構きつい世界なのだろうか。

 結局そのことばに甘えて、でもせめてって二人で名物のおいしそうなお弁当とみんなへのお土産にとお菓子を買って新幹線へと乗り込んだ。ボスには水原さんが連絡してくれたらしく、どう言ったのか理解してもらえたとのこと。たぶん半休扱いになるんだろう。
 座席は隣だったけれど、水原さんはとくに喋らずもらってきた資料を読んでまとめていた。それもありがたくって、私も同じことをしつつ時折窓の外を見ながら、今日あったことを反芻する。

 初めて知った、母のこと。そして父のこと。
 知らなきゃ良かった、なんて事実はすこしもなかった。それはもしかしたら配慮されていたのかもしれないけれど、それでも耳に入ってきていやな気持ちになる話はひとつもなかった。
 ただ、母はどうして父のことを私に教えてくれなかったのだろう、とは思う。
「たぶん私たちとの縁をすっぱり切りたかったのだろう」と伊堂寺さんのお父さんは言っていたけれど、そうなのだろうか。単純に、話す前に自分の命が尽きてしまっただけだろうか。

 わからない。今となってはもう、永遠にわからない事実だろう。

 そういえば、と手元にある資料に目を落としてから思いつく。
 父親が知っていた、ということは、息子である伊堂寺さんも知っていたのだろうか。
「ああ」
「ん? どうした野崎」
「え、あ、いやすみません、なんでもないです」
 漠然としたさもしさにも似た納得は、口にも出ていたようだ。

 知っていたのかもしれない。最初から知らなくても、調べたのかもしれない。そしてそれなら、野崎すみれさんではなく、私が選ばれたのもわかる気がする。
 だって、私は伊堂寺家が罪滅ぼしをしたい人間の娘だから。

「そっか、都合、いいよなあ」
 今度はあえて口にしてみた。ちいさく、ひとりごとのように。
 そう考えると、たまに感じていた違和感もわかってきた気がする。

 今度の声には水原さんはなにも言わなかった。
 その代わりスーツのポケットから飴玉を取り出して私の前のテーブルに置いてくれた。
 まさかこんなかわいらしいものを入れてるとは、と驚くと同時に、苺色の包み紙の味が口の中に再現されて、ちょっとすっぱい気持ちになった。
 
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