桃の花を溺れるほどに愛してる
 「榊壬には関わるな」――春人が言っていた言葉が、ふと、頭を過ぎる。

 けれど、挨拶を無視するのは酷だし、何より私はそんなことをしたくない……。

 でも、春人はこの光景を車の中で気付いているだろうし、この瞬間だけ無視しちゃうのは……だっ、ダメだ。

 榊先輩のファンのみんなの突き刺さるような視線を感じるっ!ここで無視したら「榊様に恥をかかせるなんて!」とかなんとか言われる……っ!

 どうしたらいいのっ?!


「春人さんと仲直り、したの?」

「えっ?!どっ、どうしてそれを……!」


 頭の中がグルグルしていたら、春人の名前が出てきてビックリした。

 そりゃあ……春人の名前は以前の相談で知ったんだろうけど、榊先輩の口から春人の名前が出ると、なんだか変な感じがするなぁ。

 って、あっ!完全に挨拶をするタイミングを失ってしまった……!


「妙に楽しそうだったから……」


 えっ。

 ……あっ、ああ!見てたんだ。

 榊先輩がいきなりそんなことを言う理由に納得した。


「仲直りをしたというか……前以上に仲が深まったというか……」


 照れながらそう言う……のは良いけれど、私のことを好いているらしい榊先輩にこんなことを言うのって、ちょっと無神経だったか……?!


「へぇー!そうなんだ!それはよかったねー!……本当、よかったね」


 あれっ。

 今、榊先輩の声音がいつも以上に低かった気がしたけど……気のせい?

 顔を見やるけど、榊先輩はいつもと同じようにニコニコと微笑んでいるだけだ。
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