桃の花を溺れるほどに愛してる
 周りの警察の人達は、近寄るのは危険だと制止をかけてきたけど、1人の警察がそれに制止をかけた。

 私と榊先輩……2人の距離を拒むものは何もない。手を伸ばせば届く距離。

 私は1度、大きな深呼吸をすると、真っ直ぐに榊先輩を見つめた。


「ごめんなさい」

「桃花、ちゃ……ん?」

「私は――記憶を取り戻した今でも、天霧春人のことが好きです。榊先輩のことは好きにはなれません。だから……ごめんなさい。あなたの気持ちには応えられません」


 以前、私が榊先輩をフッた時、彼に私の気持ちは届いていなかったのだろうか。

 “榊先輩がつらいだろうから”友達になるのも無理だって伝えた時……ほんのちょっと見せた優しさが、彼を勘違いさせてしまったのだろうか。

 その勘違いが、ここまで彼を歪ませてしまったのだろうか。

 そうさせてしまったのが私なら、私のせいだというなら、誰でもない私が、正さないといけない。

 勘違いを砕かせるように、私はハッキリと、そう言ったんだ。

 左右に揺れる榊先輩の目。何かを言いたげにぱくぱくと動く口。

 やがて、悲しそうに表情を歪ませた榊先輩は、消え入りそうな声で言う。


「俺は、君を愛している。ただ、それだけだったんだ……」


 榊先輩の純粋で歪んでいる想いは、空気と混ざって消えていった。
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