カリス姫の夏
ネットに一度流れた情報は、そう簡単に消せるものではない。物影に隠れ様子をうかがいながら、じっと出番を待っている。そして、時が来たら大きな顔をして現れるのが常だ。卵から根こそぎ絶やさなければいなくならない、害虫のように。


落ち込む私をさすがに不憫(ふびん)に思ったのか、みゅーは「でも、まだ、個人のツイッターの範囲内だから大丈夫だよ」となぐさめてくれた。


「そうだよね。
こんなの一時的なことだよね。
すぐ、みんな忘れるよね。

でもさ、なんでこんな事になったと思う?
全然、原因が分かんないんだ。

こんなこと、ありえないと思わない?
こんな普通の高校生の個人情報流して、何が楽しいのよ」

と、昨夜あまり眠れなかった私の声はずんずん、さびついていく。


「ネットはさ、何をきっかけに広がるか分からないからね。
気をつけないと。

まっ、ありえない事でもないのよ」


カリス姫の短い動画は、とっくに終わっている。みゅーが会話に集中しようとイヤホンを外すと、食堂は静寂で包まれ、みゅーの声だけが私の耳に入ってきた。


「現実に似たような事は起きてるのよ。
ちょっと前にさ、ツイッターにひどい写真載せる人いたじゃない。コンビニ店員土下座させたり。
知ってた?
そんな事した人達が、次の日には個人情報ネット上にバンバン載せられて、叩かれてたって」


「あー、知ってる。
スポーツ選手と合コンしてるってツイートした大学生とかも、でしょ。
でも、それは自業自得なんじゃない。
わたしは別に誰かに迷惑かけたりしてないよ。
じみーに動画配信してただけなんだよ」


「まあね、確かに、そんな写真アップするなんてモラルは悪かっただろうけど……」


みゅーはそう言って、人差し指をくるくると回した。まるで、オーケストラの指揮でもとるように。何かを指差しているのかと、その先を追ったが何もない。みゅーは脳内にめぐる知識を、手繰り寄せようとしているらしい。


「じゃあさ、これはどう?
動画サイトの生放送のチャンネル持っててさ、ネットアイドル気取ってた女子がストーカーに合っちゃう事件」


「でもさ、それも覚悟の上なんじゃない?
顔だししてたら、そんなリスクあるの分かりそうなもんでしょ。
自分の高校の制服着て出演したり、本名もじって名乗ったり……
見つけてって言ってるようなもんだよね。

わたしはそこら辺、すんごい気を使ってたのよ。
絶対個人特定できないようにツイッターにも顔だししてなかったし……」

と、私は自己弁護に終始した。



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