お姫様と若頭様。【完】


柵へと手を掛ける。

ここがフェンスじゃなくて
よかった…。


そして柵を乗り越え
端のギリギリで立つ。


風によってはらはらと舞う髪。

空は真っ暗。
あの漆黒の瞳と同じ色。


あの瞳のおかげで私は今ここにいる。


もう見慣れたこの病院の服。

この服を着る度皆に心配を掛けていることを実感した。


慣れることも、
慣れないこともたくさんあって、

慣れた服、食事、部屋。

慣れない匂い、音、急患。

そして、血。


ここの匂いはあの日を思わせる。
音も急患も、血も、全て。

前はここに来るだけで足が震えて、
過呼吸になった。

今はここまで抑えられているけど、
気を抜くとやっぱり思い出す。

ここへ来ると必ずと言っていいほど
毎晩同じ夢を見る。


ここへ来ると必ず、
皆に悲しそうな顔をさせてしまう。


ここへ来ると必ず、
あの日を強く思い出してしまう。




涙が枯れるなんて、
きっとないってここにいたら思う。



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