モン・トレゾール
「終わったみたいだな」
戸田さんのその一言で、私はハッと我に返る。
演奏を終えたであろう様子の女の人は、楽譜を二つに畳みながら悔しそうに顔を歪ませていた。
「オマエ、この後どうする?」
並んだ二つのグラスは、もう中身が空っぽの状態だった。
俯(うつむ)きながら奥へと歩き出す彼女の様子をチラッと横目で追いながらも、戸田さんは平然を装おうとする。
……あの人のことが気になるくせに、私にそれを悟られないようにしてるのね?
「追いかけないの?」
「は?」
「あの人のこと! 追いかけないのって言ってるの!!」
私の言葉に、戸田さんは急に目を丸くする。
私がここまで声を張り上げたことに驚いたんだと思うけど。
きっとこの人……会社じゃ俺様な態度のくせに、好きな子の前だと全然気弱な男なんだわ。