BLACK EMPRESS
いつ死んでもいい人間
「......寒い」
ここは楓の彼氏・薫の自宅。お風呂上がりの楓は、寒そうな白いキャミソール姿でベランダの椅子(ベンチ?)に座り、下を向いて待っている。精神的に苦しくなっている彼を甘えようとしていた。

薫は生活苦にもがき悩んでいて、父親も彼が幼い頃から酒を飲んで暴れだし、猛獣のように家具まで破壊させてしまう程の人間だった。幸いにも、薫は成績優秀な生徒でなあったものの、テストで赤点を採れば凄い勢いで叱りつけ、自由を制限させるなどこの時代ならよくいるような父親である。

「待たせた、髪乾かしたん?」
「当たり前だろ、お前も早く髪乾かせよ!」
「わりぃな、もうちょい待ってくれ、すぐ乾かすから」
「......早くしろよ?こっちだってベランダでさみぃ思いしてんだからよー」
「ハハハ」

薫は我慢できない思いを抑えつつ、いつも通りにしゃべっていた。

布団へ向かう。
一緒に毛布の中へ入った後に、彼の本音がポロリと零れ堕ちる。
「明日、親父がうちに来る」
「え?父親が?」
「家のことで。あれだけ本気で殺したいと思った奴は初めてだよ、ここまで腹立つ事は今までになかった」
「......そうなん?」
「死ぬ恐怖抱えたままこうやって過ごすことはねぇ、あんなの殺人未遂だよ」
そして最後には
「俺はいつ死んでも問題ねぇよ」
そう口に出した。
「......」
楓はかける言葉が見つからない。

(いくら辛くても「頑張れ」や「乗り越えよう」なんていう肯定的な言葉は「こいつ解ってないな」と思わせるから簡単には言えない。この時代の男性のように、ちゃぶ台をひっくり返しながら怒鳴って「バカ野郎!」と否定的な罵声を浴びせられるのも、人間性を否定しているようにしか感じない。もう、これ以上無理するまで苦しんでいたらこうやって見守る事しかできない。自分は......何もできない。)
楓は無力感を抱いた。

「......あ、ごめん。きつい言い方して」
薫がそう言うと楓が「謝るのはこっちのほう。何もできなくてマジ悪いわ......」と答えた。
「楓、なんで謝るの?聞いてるだけでもええのに......」
「できることならちょっとずつでもお前の力になってやりてぇの。例えお前がこっちの敵側になってでも、うちは薫の味方になってやりてぇし......」
「んなこと言うなって。楓は十分俺の支えになってるよ」
「本当に?ハハハ......」

「なぁ......」
「ん?」
「......朝までめいいっぱい、甘えてもいいか?」
「......いいよ、たくさん甘えとけ」
「さっきのお風呂みたいにうちのおっぱい揉んだりしていいから、キャハハ」
「ハハハ、なんでだよ」
黒瀬川は薫の腕の中で眠りにつく。仕事や学校で苦労しつつも、弱音を吐き出せない今までの人生を思い出して一粒二粒の涙がこぼれ落ち、黙りつつ静かに泣いた。
「楓、愛してるよ......」
薫は微笑んだ。
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