堕ちてくる
逃亡
「どうですか?先生。他の生徒とは、うまくいってますか?」
心にもない質問を、教頭はぶつけた。葉月のクラスは、中島、工藤と立て続けに、生徒が死んでいる。そんな中で正常にいられる生徒などいない。そんな事をわかっていながら、彼女を口説くための布石として、そんな質問をぶつけた。
「いえ。みんな、意気消沈してしまって・・・。山下君に至っては、“次は自分だ”なんて騒ぎ出す状態で・・・。私、本当にどうしたらいいのか・・・。」
「それは・・・。私で良ければ、いくらでも力を貸すので言って下さいね。」
やさしい言葉の中に、淀んだ笑みが混じっていた。
―――思った通り、まいっているな。これをうまく利用して、今日はものにするぞ。
今にもヨダレが垂れそうだった。それを我慢し、そのまま言葉を続けた。
「しかし、ここの所の隕石騒ぎはなんなんでしょうね。警察は何やってるんだか・・・。」
そこまで口にして、教頭は言葉を引っ込めた。葉月の元に、警察が訪ねてきたのを思い出したのだ。
「すみません。彼も一生懸命やっているみたいなんですが。なにぶん隕石なんて、今まで対応した事ないみたいで。だから、生徒が隕石を操って、他の生徒達を殺しているなんて言うんですよ。おかしいですよね・・・ホント。」
アルコールのせいなのか、葉月の愚痴が始まりはじめた。しかし、教頭は聞いていない。葉月の“彼”と言う一言にショックを受けていたのだ。
―――こ、こうなったら、酒の勢いで既成事実を作るしかないですね。
葉月のグラスが空になった。すぐさま教頭は手をあげ、合図をした。その合図は、あらかじめ決めてあったものだ。口説きたい女を、教頭はいつもこの店に連れて来ていた。そして、口説くのが無理だとわかると、いつものように既成事実を作ろうとする。第一歩が、この合図だ。強めの酒で、女達の理性を溶かしていく。
葉月にも、この第一歩が始まろうとしていた。
「はい。先生。」
グラスを、葉月の元に置こうとした。

グラスは、音を立て割れた。しかし、割れた音は葉月の耳にも、周りにいた客達にも聞こえる事はなかった。その代わり、コンクリートを穿つ轟音、教頭の頭を穿つ鈍い音が聞こえた。
衝撃で、店内の空気が響いた。鼓膜を刺激する嫌な感じだ。

葉月はその場から逃げ出した。
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