蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
四月の早朝。
寝静まっていた裏町も、ゆっくりと活動を始める。
うっすらと白み始めた町並の中、新聞配達のバイクの音が、何処かのんびりと朝の澄んだ空気を揺らしていた。
東京とは言っても郊外にある、オーソドックスな二階建ての木造アパートである。
日当たり抜群の二階の東南の角部屋。
1LDKしかない手狭な間取りの寝室として使っている六畳の和室、そのセミダブルのベットの上で一人の男が今、夢から覚めようとしていた。
「う……ん?」
朝か――。
カーテンの隙間から差し込んで来る朝日に目を細めて、ベットサイドに置いてある目覚まし時計にちらっと視線を走らせる。
デジタル表示は、AM5:55。
寝起きが悪いこの男にしては、珍しく目覚まし時計に叩き起こされる前に、目が覚めた。
これは、奇蹟に近い。
今日は、九時に横浜で仕事の打ち合わせが入っていた。その前に片付けなくてはならない事もちらほらある。
もうそろそろ起きなければ、間に合わなくなってしまう……のだが。
でもやっぱり、眠いものは眠い。
それにまだ、この甘いまどろみの中に、たゆたっていたかった。
男はもぞもぞと寝返りを打ち、隣に寝ている筈の恋人の体温を求めて、手を伸ばした。
が、そこは既にもぬけの空で、冷えた布団の感触がヒンヤリと腕に伝わり、男の意識を覚醒へ促す。
あれ? いない。
パタパタとシーツの上に手を這わせるが、元よりセミダブルのベット。大人二人が横になれば満員御礼。いっぱいいっぱいなのだ。
探すまでもなく、隣に人が寝ていないのは、一目瞭然だ。