蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~

『港の見えるヶ丘公園』を出た後、都内に引き返した拓郎がその足で訪れたのは、とある雑誌社の一室だった。


賑やかな室内は、いつ来ても活気に溢れている。


『編集長』のネームプレートが置かれたデスクにどっかりと陣取って何やら書類をチェックしていた巨漢の男が、デスクの横に所在なげに佇む拓郎に向かい、メガネの隙間からじろりと上目遣いの視線を投げた。


「警察の『ツテ』が欲しいって?」


野太い重低音の声が響き、周りのデスクにいた数人がチラリと二人に視線を向ける。


五十代前半。顔の造作は、某アニメの蜂蜜壷を抱えた熊のキャラクターに似ていて優しげなのだが、恰幅の良い太鼓腹の上で腕組みをしながら、ごつい黒縁メガネの奥から投げつけるその視線は鋭い。


イメージ的に、メガネをかけた巨大なグリズリーだ。


一見して、飼い慣らされて愛嬌の良いサーカスの熊かと思いきや、なかなかどうして能ある何とかは爪を隠すで、野生のグリズリーのしたたかさと凶暴さを併せ持った、侮れない人物なのだ。


男の名は藤田丈吉(ふじたじょうきち)と言う。


拓郎が、良く仕事を回して貰っている雑誌社の編集長である。

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