蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
 
拓郎が自動販売機で飲み物を買ってくる間、藍は、公園の突端にあるテラスのベンチに座り、ぼんやりと景色を眺めていた。


拓郎が今朝、藍に声を掛けた正にその場所だった。


眼下には、あの時見た同じ風景とは思えない、活気に溢れた広大な港湾都市が広がっている。


所々で、工事をする大きなクレーンが、まるでミニカーのようなサイズで動いているのが見えた。


「はい、どうぞ。熱いから気を付けて。ココアで良かったかな? コーヒーもあるけど」


「あ、はい。すみません。ココアでいいです」


拓郎が、笑顔と共に紙コップ入りのホット・ココアを藍に手渡す。


藍はココアを受け取るとすぐに口を付けず、甘い香りを楽しむように立ち上る湯気を顔に当てていた。


飲まないのかな? と見ていた拓郎に、「猫舌なんです」と、はにかむような柔らかい微笑みを向ける。


その笑顔を、撮りたいんだけどな……。


今、カメラを向けたら、きっと『ぴきっ』っと、瞬間冷凍したみたいに固まってしまうのだろう。


タイムリミットは、今日一日。


限られた時間を有効に使わなければ、せっかく得たチャンスも水の泡だ。


この大きなカメラが緊張の一番の原因なら、それをなんとかしてみるか。


何事も、臨機応変。


「ちょっと、ここで待ってて。車に機材を置いて来るから」


「え?」


驚いたように、藍が目を丸くする。


「すぐに、もどるよ」


猫舌には縁遠そうな勢いで、コーヒーをゴクゴクと飲み干して機材を抱えると、拓郎は「んじゃ!」と、テラスとは反対方向にある公園の入り口の方に、足取りも軽やかにスタスタ歩き出した。

< 33 / 372 >

この作品をシェア

pagetop