ロスト・クロニクル~前編~

 それだけメルダースという場所は有名で、その入学証明書に少年は無意識に口許を綻ばす。

 しかし同時に不安が付き纏うのか緑と紫のオッドアイの双眸には、黒い色彩に見え隠れしている。

 悲しい――

 本当であったら大声を上げて感情表現していい事柄であったが、素直に心情を表面に出すことができない。

 そう、切ないのだ。

 故郷を離れて、違う土地へ――

 実家から通える範囲ではないので、仕方がない。

 それにこうなることを望んで、入学試験を受けた。

 そして、結果は合格。

 全ては順調に進んだが、この順調なことが逆に恐ろしい。

 いつか――

 それは予感とも確信とも取れる感覚であったが、不安がこのような心情を生み出している――と、片付けられなくもなかった。

 だが、漠然とした「何か」が存在し、心の中に広がっていく。

 時に締め付け、苦しめる。

 それが、辛かった。

(何故)

 言葉として表現できないことに、少年は毒付いてしまう。

 それは感情が封印されたような、もどかしい印象を受ける。

 だが、抗う術は持ち合わせていない。

 全ては、時間が解決してくれるのだから。

 重苦しい心情を体内から吐き出すように溜息をつくと、自室へ戻って行く。

 室内は必要最低限の物しか置かれておらず「簡素」という言葉が似合う。

 これはこれで、不便ではない。

 少年は、小物を大量に置くのを嫌っている。

 その反面、大量の本が所狭しと置かれていた。

 机の上に乱雑に置かれている本の隙間に、入学証明書を挟む。

 これは大事に扱わないといけない代物だが、特に気にする様子はない。

 それに証明書を盗んだところで、少年以外に使い道はない。

 成り済ましは不可。

 また、不正入学は一切許されない。

 メルダースは他の学園と違い、生半可な気持ちで入学していい場所ではない。

 いや、それ以前に入学試験で篩いにかけられる。

 運良く入学したところで高度な授業内容についていくことができず、持っていても利用価値はない。

 それに泥棒をしたことが判明すれば、仕事を辞めないといけない。

 だから冒険を冒してまでこれを入手する価値は存在せず、それなら普通に仕事をしていた方が何倍もいい。

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