君に物語を聞かせよう
12.幸福
「めぐる、めぐるー? なんだ、寝てるのか」


リビングに入ってみれば、赤いラブソファの上でめぐるが寝こけていた。
楽しい夢でも見ているのだろうか。赤いクッションを抱きかかえ、微笑んでいる。


「買い物連れてけってあんなに急かしたくせに」


急いで仕事を終わらせたっていうのに、これだよ。
全く、と小さくため息をついて視線を流せば、テーブルの上に一冊のノートが置かれていた。

『身代わり姫/坂城蓮』


「また、こんなもん引っ張り出してきやがって……」


ため息をつく。
どれだけ気に入ってんだか。
こんな拙いもの、一度読めば飽きちまうだろうに。


「そんなに面白いかあ? 面白くねえだろ」


ぱらぱらと捲る。何度となく読んだのだろう、ページの端は黒ずみ、角は丸くなってしまっている。


「馬鹿だな、こいつ」


世の中、もっとすごい童話は腐るほどある。
それを、こんなもんで満足しやがって。


「ふ、ん……」


ざっと目を通すが、拙さ全開で読めたものじゃない。
めぐるが大事にしていないのだったら、速攻焼却炉行きのシロモノだ。


「……ふう、ん」


見渡せば、めぐるが見ていたのであろう新聞広告とマジックが床に転がっていた。
裏が白紙のものを引っ張り出し、しばし考え込む。
気の抜けた寝顔を眺めれば、よだれを垂らしてへらりと笑いやがる。


「よし」


国で一番の昼寝好きだ。暇さえあれば眠ってばかりの、眠り姫の話にしてみよう。
しかしあるとき姫は、女神さまの大事な儀式を、昼寝をしていたせいで欠席してしまう。怒った女神は、目覚めの湖に行って精霊の雫を取って来なければ、永遠の眠りについてしまうだろうと姫に申し渡す。
赤い枕を抱えてふらふらと旅に出る姫のお供には……、リュイしかいねえよな。
思いつくまま世界観を書いてゆく。
泣き虫でお人よしの女の子。のんびりしていて、いざというときには唇をぎゅっと噛んで頑張れる。うん、いいかもしれん。

書きこめるスペースがすぐに無くなる。二枚目を引っ張り出し、むくむくと広がりだした世界を書き留めてゆく。


「ん……む。れん?」


三枚目の半分以上を埋め尽くした頃、眠り姫がようやく目覚めたらしい。手の甲でごしごしと口元を拭いながら緩慢に身を起こす。


「ごめん、寝ちゃってたみたい。あれ? なにしてんの?」

「なんでもねえ」

「なんでもないこと、ないじゃない。なに、そのチラシ」

「なんでもねえ」

「見せて」

「いやだ」


三枚をひっつかむと、寝ぼけ面だっためぐるが唇を尖らせた。


「なによー。あ! 私の悪口書いてたんでしょう!」

「何でそんな暇な真似しなくちゃなんねえんだ」

「じゃあ! じゃあもしかして、ラブレター!?」

「馬鹿か。こんなモンに書いて貰って、嬉しいのかよ」

「うれしい! ちょうだい」

「違うっつの」


ぴょんとソファから降りためぐるが、俺の手からプロットを奪おうとする。
ちょうだい、嫌だの繰り返しはいつしかじゃれあいに変わった。


「ん……ふ……。もお、そうやってキスで誤魔化すのって、良くないと思う」

「じゃあしない。誤魔化したつもりもないし」

「ばか。きらい。して」


細い腕が首に絡む。腰を抱き寄せれば、すんなりと躰を預けてくる。
瞳を閉じて、素直に俺の舌を受け入れているめぐるの様子をそっと窺いながら、三枚の紙を隠した。

明日、大学ノートを買ってこよう。
パソコンじゃなく、手書きなんて久しぶりだ。

大人になっためぐるが喜んでくれるか分からない……いや、きっと喜んでくれるはずだ。
あの笑顔を浮かべてくれると思えば、俺は幾らだって書ける。お前の為に。

もう何年振りだろう。
お前に童話を贈るよ。
一番好きな話にしてやる。


「ん……。蓮、どうかした?」

「いや」


すこしだけ、待ってろ。

君に物語を聞かせよう。
とびきりの、君だけの物語を。

                       了
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