君に物語を聞かせよう
2.ブーケ
「おめでとう、めぐる」

「ありが、とう……」


めぐるの十九の誕生日。恒例となってしまったブーケを手渡しで贈れば、彼女は花に顔を埋めながら言った。


「あらぁ。綺麗ねえ。よかったわねえ、めぐる」

「う、うん……」


ぎこちなく微笑んで、めぐるは俺に言った。


「ありがとう、蓮。すごく綺麗だね」

「気に入ってもらえたなら、よかった」


言いながら、しかし、めぐるは本当はあまり喜んでいないのではないかと思う。
昔、ノートに拙い童話を書いて贈っていた時はもっと全身で喜んでくれていたのに。

……まあ、こいつももう専門学生だ。彼氏でもなんでもない、ハトコから花なんぞ贈られても喜ばねえか。
物語なんて、もっと喜ばねえよなあ。ガキの頃じゃあるまいし。


「あの子からしてみたら、蓮なんてオッサンよ? オッサンなんて相手にするはずないでしょ。
あんまり構うのもよくないわよ。いい加減でやめなさいよね」


美恵の悪友の腹ただしい顔と台詞を思い出す。
分かってる。いくらそこいらの女にモテてたって、十代から見ればただのオッサンだろうってことは。
だけど妹のお祝いくらい、兄ちゃんのつもりでしてやりたいだろ。


「何日かは華やかだろ?」


言えば、めぐるはこくんと頷いた。


「部屋に、飾るね。一日でも長く、もたせる」

「おう。そうしてくれ」


めぐるの頭をくしゃくしゃと撫でると、ようやく素直に笑ってくれた。
よかった、と思うと同時に、ケータイが鳴る。ディスプレイを見てみれば、編集の黒田サンからの着信だった。


「はーい。坂城です」

「坂城先生? 黒田ですけど、沢木先生から今晩一緒に食事をどうかと誘われておりまして」

「沢木先生? あの先生と出かけるとなかなか帰れないんだよなあ。まあいいや、行く行く。
あのさ、あの店予約しといてよ」

「ああ、ハルナちゃんのいる店ですね? 了解です。手配しておきます」

「そうそう。こないだあの子と二人でメシ食ったんだけど、結構面白い子でさ」


細い躰で、まあ胸も小ぶりだったけどきゅっと締ったウェストのラインは中々だった。右足の付け根に少し大きい黒子があって、そこを舐めると悦ぶんだよな。
そんなことを思い出しながら話していると、実母二号が顔を顰めてめぐるを室外に追い出そうとしていた。


「全くもう、蓮はいつになったら落ち付くのかしらね。美恵ちゃんが可哀想。ほら、めぐる、部屋に戻っちゃいなさい。悪影響よー」

「え、あ、お母さん。私まだ」

「美恵ちゃんに、こんな女狂い捨てちゃいなさいって言おうかしらねえ、もう!」


花束を抱えてこちらを振り返るめぐると目が合う。
ふむ、妹に幻滅されるのはちょっと寂しいかな。
へらりと笑って片手を振れば、めぐるはそっと眉尻を下げて笑って、出て行った。


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