イジワル上司に恋をして
「早く行けよ」


それから、閉店して一日が終えようとしたときまで、アイツと直接顔を合わせることはなかった。

そりゃそうだ。アイツは一応部長ってやつだし、責任者でもあるから。
婚礼がある日にはそっちに気を配るだろうし。ちらりと後ろ姿くらいはみたけど、本当にただそれだけだ。

……別に、だからなにがどうってわけじゃないし。

自分で考えててよくわかんない。
結局アイツとどうなりたいのか。とりあえず、今朝のような扱いはどうにも落ち着かなくて、ハッキリ言ってしまったけど。
でも、おかげでまた日常に戻ったと思うから、これでもうなにも問題ナシ……?

……果たして本当にそうなんだろうか。


「……っあー! わかんないっ」
「……どうしたんですか? レジ金合わないですか?」


カウンターを挟んで美優ちゃんがひょこっと顔を覗くように言われた。

しまった! 思わず口に出してた!

気まずい顔で、「なんでもない」と美優ちゃんにごまかして、お金を抱えてショップを出た。
階段を昇っていくと、ふと、3階に着いたところで足を止める。くるりと顔を右に向けると、さっきアイツに引きこまれた非常口。
気にしないようにしようとしていても、結局こうして気にしているんだから、その時点で〝負け〟だ。

……〝負け〟って、なにを指してるの?

自問自答するように、緑色に光る非常口の文字を見つめる。
上から人の気配がしたときに、ハッと我に返って視線を元に戻して歩き始めた。


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