イジワル上司に恋をして

あれはどういう意味だろう。
それこそ〝特別〟っていうふうにも捕らえられる気がするけど……でも、明確な言葉はなかったし、あの瞬間(とき)はキスされたわけでもない。

……コイツの心が、まるでわからない。


「新婦が、『宴中に、彼女の顔を見れたら落ち着ける気がする』と漏らしてた」
「え?」
「『今朝の話を思い出したら、緊張が解れそう』だ、ってな」
「はぁ?」


コイツは、本当にわたし以外には優しいくせに、わたしには説明の仕方まで雑。
ホントはもっとわかりやすく説明できるくせに、きっとそれをわざとしてないんだ。


「オマエ、案外この仕事向いてるのかも」


ぷぅと丸いほっぺをさらに丸くしかけた息を、思わずぽかんと開けた口からダダ漏れさせてしまう。

……い、今……なんて言った……?
全く予想も想像もしたことない言葉が、この男の口から聞こえてきたような……

そしてさらに――。


「あー。でも、号泣してたら仕事になんないな」


そう言って、ふっと目を細めてわたしを見た。
それは、ほんの一瞬しか見ることのできない黒川だ。


呆然と、〝奇跡の黒川〟に見惚れていると、そんなわたしに気付いた黒川が、元の顔に戻ってペチンとデコピンを食らわせる。


「……ったぃ!」
「任務完了。早くショップ戻れ」
「なっ! 勝手に連れ出しといて! 言われなくても戻りますけどっ」


じんじんと痛むおでこを抑えて、強がりながらもくるりと方向転換する。
数歩歩き始めた背中に、不意に飛んできた声にその痛みも飛んでしまった。


「ドジって階段から落ちるなよ、なの花」


息が止まって、ようやく一度吸い込むことが出来てから振り向く。
視線の先にはすでに身を翻しかけた黒川が映って。ほんの一瞬、目が合った。
ニッと口の端を吊り上げながら、楽しそうな顔をした黒川と――。
< 289 / 372 >

この作品をシェア

pagetop