イジワル上司に恋をして

「オレが泣かせてるみたいだろ? 気がきかねぇヤツ……」


ボソリと言われて、カチンとくる。

なに、その言い方! まるで『自分は気がききます』みたいに言ってるみたいじゃない!
気がきく人は、昨日、あんなふうにわたしを追い返したりなんかっ……。

一気に思い出したわたしは、恨めしい顔で黒川を見た。

そうだよ。昨日のこと、なんにも言ってきてないんだよ、この男は。
だって。だって、普通、第三者(吉原さん)から『なにを聞いたんだ』って気になって問い質したりしない?
それが事実かどうかもわからないけど、勝手に過去を説明された当の本人が、普通一番知りたいんじゃないの?

そして、その内容が事実だったとしても、自分の言葉で説明したいとか、事実じゃないなら否定したいとか。

そういうの、全くないの? この男は。


ジロリと刺すような視線をぶつけても、飄々としたままの黒川。
その様子をしばらく見て、ふと気付く。


……もしかして。
相手(わたし)のことなんてどうとも思ってないから? 自分の話を肯定も訂正もするような必要がないと思って、昨日のことになにも触れてこないんじゃ……。

だとすれば……。
コイツはわたしのこと、これぽっちも想ってないわけだ。
そりゃそうだ。
散々バカにされるだけで、キスこそされたものの、好意があるようなことはなにも言われてなんか――……。


『涙なんて、仕事柄飽きるほど見てんのに』


ふと、あの夜言われた言葉を思い出した。
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