イジワル上司に恋をして

「……今日。お仕事だったんですか?」
「ん? うん。そう。たまにあるんだ。休日出勤。なの花ちゃんは?」
「わたしは今日はお休みで……」
「そうなんだ。ゆっくりできた?」
「はい、まぁ」


ゆらりと湯気が立ちのぼるコーヒーとココア。何気ない世間話。
それらがほんの少し、わたしの心を落ち着かせてくれた。

時間にして30分くらいだったと思う。
店を出たあとも他愛ない話を続けながら、西嶋さんはなにも言わずに駅まで送ってくれた。

ひとりきりだったら、この駅に来るのもビクビクしてたかもしれない。
……アイツ会うかも……って。

ぴたりと足を止めて、西嶋さんと向き合った。


「あ……じゃあ」
「なの花ちゃんは、明日は仕事?」
「え? あ、はい。……西嶋さんは?」
「明日は休み。じゃあ、明日、寝坊しないようにね」


ニコッといつも通りの笑顔で見送られた。


「またね」


ぺこりと頭を軽く下げ、階段を下っていく。

今日はなんて濃い一日だったんだろう。
西嶋さんに偶然会ったり、黒川のお兄さんとその彼女さんと会ったり。
……黒川に、拒絶されたり。

よく考えたら、そんなに落ち込むようなことでもないじゃない。
アイツは元々素顔を隠してるような男だったし、誰にも心を開かないのは前からじゃん。
ちょっとイイ男だからって、一匹狼気取ってんのよ。

改札機を前に足を止める。
定期がすぐに出せなくて、カバンやポケットを片っ端から探っていると思い出す。


『鈍臭いヤツ』


そう。初めからそんな扱い。
トロくて、脳内お花畑で、からかって遊ぶにはちょうどよかったってだけ。

気持ちを伝えたわけじゃないけど、自分なりに思いきった行動はしたし、あんなふうに追い返されたら、もう……。


「もう、どうしようもないじゃない……」


カバンの奥底から見つけた定期を見つめて、ぽつりと漏らした。


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