イジワル上司に恋をして

なんとか気持ちを落ち着けて、閉店作業を終える。
ブライダルに挨拶をしに行くと、まだ少し忙しそうだった。


「すみません。お先に失礼します」
「あ、お疲れさまでしたー」


さっとしか顔を出さなかったけど、どうやらアイツはここにいなかったらしい。
思い返せば、今日は本当に一度も言葉を交わしてない。
それがたまたまなのか、アイツが意識的に避けてるのかは知らないけど。

ホント……アイツの行動って未知なんだよね……。

会いたくないけど、でも、仕事中という理由でなら、普通に話せるのかもと思うと会いたかったりして。
けど、結局会わずじまいで今日は終わる。

何とも言えない気持ちのまま着替えを終え、ロッカー室を出ながら西嶋さんに電話をする。


『あ、お疲れさま! 終わった?』
「あ、はい。あの、今どこに……」
『たぶん、従業員出口の前かな? 裏側の』
「え? 裏口ですか? あ、じゃあそこから出ますね」


待ち合わせ場所の確認をして、携帯を切る。

……あれ? なんでわざわざ裏口?
あ、これから行こうとしてる場所が、裏口からの方が近いとこなのかな。

ふと疑問に思いながらも、そこまで深く考えずに1階に着く。
裏口を出ると、向かい側のビルに背を預けるようにして、西嶋さんが立っていた。


「お待たせしました」
「あ、うん」


携帯を見ていた西嶋さんは、すっと顔を上げて携帯をポケットにしまった。


「突然ごめんね」
「いえ。あ、どっちにいきましょうか?」


左右の道を見やって言うと、急に西嶋さんがわたしの腕を掴んで引き寄せた。

1メートルくらいあったはずの距離が、今はつま先が触れ合うほどの近距離になる。
バランスを崩して前のめりになったわたしの背中に、もう一方の手が回された。

突然の出来事に目を見開いてしまう。
そのまま、斜め下を向いたまま固まったわたしの耳元で彼が言う。


「……黙って待つだけなんて、やっぱり出来ない」

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