イジワル上司に恋をして

わけもわからないまま、身を翻し、階段を下る黒川を慌てて追う。
改札を通り、地下鉄に乗り込むまではなにも話さず……。まるで意図が読めないまま、まさかこのまま終わりなんじゃないかと勘繰り始めたときに、いつもの駅に到着した。


「なにボケッとしてんだ。オレだけじゃなく、周りにまで迷惑掛けるなよ」


本来ならば、次の駅のはずの黒川が先にホームに降り、わたしを見て言った。
その言葉に我に返ると、身を竦めながらホームに足をつけた。

……ボケッともしちゃうでしょ。
アンタが、わたしを送るような格好になることなんて、想像もしてなかったんだから。

それからまた、改札を通り、地上に出るまでは終始無言。
でも、そこからは、いつでも前を先に歩く黒川が横に並ぶように立った。
わたしの家を知ってるのはわたしだけだから普通のこと。それでもそんな些細な変化がドキドキとさせる。

いつも通り歩けてるのかな? わたし。

同じ道。同じ景色がまるで違って感じてしまう。
ひとつ道路を渡ると、人気のない静かな路地。足音だけが聞こえる状況に、動悸の速度が増して行く。

ただ、なにも話さずに隣に並んで歩く道のり。
緊張感は半端無いけど、『早く家に着かないかな』なんてことは全然思わない。むしろ、もう見えてきてるアパートに、『もっと距離のあるところを選べばよかった』だなんて思ってしまうほど。

そうはいっても、アパートに着いてしまうのは当然のことで。
ぴたりと足を止めると、同時に黒川も足を止める。

< 343 / 372 >

この作品をシェア

pagetop