イジワル上司に恋をして

「……あ。ココ……なんで」


あっという間に自宅に着いちゃったけど。
どこに寄ることもなく、なにを話すわけでもなく。
でも、コイツが言ってた「別件」って一体なんだったんだろう? まさか、わたしを送り届けることなわけがないだろうし、黒川に限って。

それでも『なにか用事があるのかも』って感が拭えなくて、わたしはアパートに入らずにその場に立ったまま。
ちらりと黒川の顔を窺うように見上げると、いつから見ていたのかわかんないけどすぐに目が合った。


「……今日、修哉と会ってきた」


突然そう切り出される。
目を瞬かせていると、さらに黒川が話し始めた。


「家出てから、まともに会って話したのは……初めてかも。ずっと、そういう機会は避けるようにしてきたから」


ふいっと目を逸らしながら、静かな声で言った。

そういえば、ショップにきたとき、修哉さん言ってたっけ。
『黒川と会ってきた』って。
あのときは何気なく聞いてたけど、黒川にとってはすごいことなんだよね……。


「どこで……なに、してきたんですか?」


なんとなく、会話が続けばいいな、と思って質問を投げかけると、黒川が眉を寄せて答える。


「……いや。なにってこともない。ただ」
「?」
「やっと、自分にも素直になれた気がした」


……「素直に」……ね。
その難しい顔をもう少し柔らかく表現できるようになれば、もっといいのに。
ま、そんな簡単には変われないか……。それに……。


「……オマエがきっかけだと……思って、る。だから……その……」
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