イジワル上司に恋をして


「ただいまー」

なんて、ひとりきりの部屋なのに口に出したりして。

寒くて肩に力が入っていた体が、部屋に着いた瞬間にホッと力が抜ける。
コートを脱いで、手を洗った後にお湯を沸かした。

「9時半、か……」

今頃アイツは、ヘルプでレストランに立っているんだろうな。
疲れなんか微塵も感じさせない、女の子を魅了する穏やかな笑顔を浮かべて。

ボーッと考え事をしてるとやかんから蒸気が出る音で我に返る。

そのままココアを作ると、冷えた体を温めるようにソファでゆっくりと口をつけた。
こくり、と喉を鳴らすと、ほーっと息が出る。

ああ……疲れたな。

持ち場自体、特別忙しいわけじゃなかったけど、なにせブライダルの方の覚えることがまだまだあって……。
それに道行く人たちがいつも以上に行き交うのを見てるだけで忙しい気分になっちゃうっていうか……。

目を閉じて今日のことを回想していると、いつの間にかそのまま思考が閉じていき――。

気付けば、わたしは夢の中にいた。



『……か。……なの花』
『……んん……』
『オイコラ。いい加減起きやがれ』

未だにふわふわとした頭のわたしが、遠くから聞こえた声に薄らと目を開ける。
ぼやけた視界に映り込んでるのは黒っぽい影。
でも、その雰囲気だけでわたしはそれが誰だかわかる。

『……優……哉?』
『だらしない顔してんじゃねぇよ』
『あ……れ……? ヘルプ……』

なんでこんなとこにいるの? なんでそんな優しい目でわたしを見てるの?

そんな疑問が次々湧いて出るけど、疲れからか寝起きだからか全然言葉が出てこなくて。
ただ優哉を不思議そうな目で見つめていたら、少しだけクリアになった世界でヤツが微笑んだ。

『――会いたかったから』

あ……い、たかった……? わたし……に?
ウソ……。いや、今までちゃんと本心ではそんなふうにきっと想ってくれてるってときどき思わせてくれてたけど。

そんなふうに真っ直ぐな瞳でストレートな言葉を投げかけられたことって……。
すごく、すごく……うれしい。




「ゆ、や……」

口からはみ出そうなよだれの感触でハッと目を覚ます。
だらしない格好の自分に気付いてソファから飛び起きると、得も言われぬ鼓動の速さに目を見開く。

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