イジワル上司に恋をして

「これくらいは、オレに出来ることだから――な」
「……」


何気ない答えだと言われたらそうだろうけど……でも、なんか引っ掛かる気がしたわたしは、つい黒川を見てしまう。
香耶さんは頭をまだ下げたまま、なにも言わない。

ぱちっとヤツと目が合ってしまったわたしは、あからさまにその視線を逸らした。

そんなわたしに関係なく、横で黒川は話を続ける。


「仲江はもう帰っていいよ」
「えっ?」
「明日のために、疲れ残さないこと」
「でもっ」
「オレ、今、仲江の上司なんだけど?」


驚いて顔を上げた香耶さんに、わたしも同調してびっくりだ。
まさか、そういう指示をするとは……。


しっかし、最後の「上司なんだけど?」って言い方すらも、香耶さん相手だと優しく聞こえるのはなぜ?
あれがわたし相手なら、もっと刺刺しい言い方と嫌味ったらしい笑いになるくせに……!


話の矛先が、別の方に向き始めたわたしなんて関係なく、黒川は言う。


「不幸中の幸いってやつかな。90個だろ? オレ一人で出来るから」
「だけど、やっぱり……」
「わたしもいます!」


横から入っていったわたしに、二人の視線が集中する。


「なっちゃん……」
「ほら! 香耶さんが目の下クマ作っちゃってたら、明日のお客さん心配しますし。ね?」


冗談めいて、自分の目の下を指さしながら笑うと、香耶さんが「ふっ」と小さく笑って頷いた。
< 72 / 372 >

この作品をシェア

pagetop