イジワル上司に恋をして

「帰んなら、あれ、めいっぱい持って帰れよ」
「……は?」


親指を立て、後方を指しながら言うことに、理解が出来ずに眉間にしわを寄せた。
頬を殴られても、変わらずイイ男はイイ男なのか、と間近にある顔をしかめっ面で見上げる。
まるで、もう一度キスしてしまいそうな近さに、身動きが取れない。


「そして食え」
「はぁ?!」


「食え」って……一体なんの……ああ! もしかして、間違って納品した方の引き菓子?!
あれを、「めいっぱい」ったって、一人暮らしのわたしなんかが消費しきれないっての!


言ってることを理解すると、わたしは黒川を睨みつけるのを忘れ、目を丸くした。


「せいぜい太れ」
「ふとっ……! そんなこと言われて、『はい』なんていう女子がいると思います?!」
「ああ。それ以上丸くなったら、嫌われるか。西嶋くんに」


しっ、失礼な! 言うほど太ってないもん! たぶん!

かぁ、っと顔を赤くしたわたしは、なにも言い返せずに、グッと手を握る。
すると、黒川は眉を少し上げ、涼しい目でわたしを見つめて言った。


「今度はこっちを殴るか?」


そうして右の頬を差し出してきた。

殴りたい……殴りたいけど、殴ったところですっきりするどころか、コイツにさらになにかされそうで。
「ふー」と鼻から息を吐き出して、心を落ち着かせる。


「……殴りません。こっちだって痛いし」


わたしが自分の手を見ながら反抗的に言うと、「くっ」と押し殺すような笑い声が返ってきた。


「あーあ。こっちは気持ちイイことしてやったのに、張り手で返されるとは」
「気持ちいっ……?! そんなこと、頼んでませんからっ!!」
「あ、そ」


飄々と、自分のしたことをまた引っ張り出してくる神経がスゴイ。普通なら、バツが悪くて触れない話題でしょうが!
キスされたことを思い出したわたしは、顔を赤くしてしまう。


「オイ。帰らねーなら、早くそれ、終わらせろよ」


そのわたしの様子に気付いてない、自己中上司は、大したことじゃなかったように、仕事に戻った。
< 84 / 372 >

この作品をシェア

pagetop