イジワル上司に恋をして

「いっ……てぇな……」


自分の右手に走る衝撃と、目の前の上司が顔を横に向けて、手で押さえてる姿を見て我に返る。


――はっ! ヤバイ! いくらコイツに非があるとはいえ、わたしってば思いっきり……。


だんだんと手に強く感じる、じーんとした痛み。
冷静に状況を分析して、わたしの方は悪くないって思っても、現実にはそんな堂々としてられるほどの余裕がない。

背に壁があり、正面にはわたしを見下ろす捻くれ男。

逃げ出したいのに逃げ道を塞がれ、この期に及んで、『でも仕事が』とも頭を掠める哀れな自分。

しばらくお互いに無言で視線を交錯させたあと、薄ら赤くなった頬の黒川が口を開いた。


「……逃げ出さねぇとは、いい根性してやがる」
「だっ……だって、そうしたくても、そっちが目の前に……」


おどおどと言い返すわたしに、またも、黒川は顔をゆっくりと近づけてくる。


「――ちょ」
「明日。腫れてたら、接客に響くだろーが」


至近距離で止まって、わたしを真っ直ぐと見ながら言う。
さすがにまたキスをしようとしてるわけじゃないみたいだけど、この息が掛かるほどの距離まで詰めてくるのは止めてほしい。

ていうか、大体にして、あんたが急にキスなんかするから悪いんじゃない。

と、喉元まで出かかるも、実際には口に出せないわたしに気付いてか、片手を顔の横の壁につき、ニィッと口の端を吊り上げる。
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