センセイの白衣
第8章 暗転

母の一言

毎日、頑張って、頑張って。

これ以上ないというほど、一生懸命勉強した。

そして、どんどん月日は流れて。

ついに、センター試験のひと月前くらいになった日の朝。



「はる、」


「なに?」


「やっぱり、S大にはやれない。」


「え―――――」



突然の母の一言に、頭が真っ白になった。



「どういうこと?」


「お金かかるし、心配だから。S大には行かせない。」


「なに言ってるの?」



母の言葉の意味が、よく分からなかった。

そのくらいに、私は動揺していた。

カタカタと体が震え出して、指先がすっと冷たくなっていくのを感じた。



「何で?何よそれ!おかしいよ。」


「とにかく、そういうことだから。」



そんなの、そんなのないよ。

おかしいよ。


あまりにも衝撃的で、私はもう、何も考えられなかった。

言っていいこと、悪いこと。

それさえも、頭から抜け落ちるほどに。



「お金なんて、お金なんて、そんなの理由にするなんてずるい!!」


「お母さんがお金を出さなきゃ、あなた大学行けないのよ?」


「だって、ひどい!!私、私、……好きで母子家庭の家に生まれたんじゃない。」



はっと、母が息を呑んだ。

分かってる、ひどいことを言っているって。

だけど、だけど―――

生まれてくる家は選べないじゃん。

勝手に離婚して片親にしたのは、お母さんたちなのに。



「お金なら、私……西門良治さんに出してもらうからいい!!!」



西門良治。

それは、私の父親の名前だった。

母が、今まで決して教えてくれなかった父の名前。

私が自分で突き止めた、その名前。


分かってる。

あまりにも、恩知らずなことを言ってるって。

今まで育ててくれたのは、お父さんじゃなくてお母さんだ。

だけど、譲れない。

譲れないよ、お母さん。

これだけは、奪われるわけにはいかないよ。


先生の後輩になるって、約束したんだもん――――



「晴子っっっっ!!!!!」



母は泣き出すし、おばあさんは激昂するし。

もう、ぐちゃぐちゃだった。

すべては、ぐちゃぐちゃになってしまった。


冷静に話し合えば、まだ望みはあったかもしれないのに。

愚かな私は、思わず父親の名前を出してしまって。

だからもう、終わってしまった。

すべては、終わってしまったんだ。



自分の部屋に籠って、毛布を被ってた私。

そんな私の毛布を引きはがして、おばあさんにガミガミと叱られた。

母と祖母が、まるでかたきみたいに私のこと。

そこまで言わなくていいじゃん、っていうくらい罵った。


S大にやれない、って言われただけでも。

私は深く傷付いていたのに。

それなのに、そんなに責めないで。

お父さんのこと、今まで一言も教えてくれなかった母にも、非はあるはずなのに。



「お前なんか、出て行けばいい!!西門の家に行って、大学に行かせてもらえばいいじゃないか!」



祖母に怒鳴られて、私は気付いた。

私、本当に何も考えないで父の名を出したんだ、ってことに。


だって、お父さんは再婚して、子どももいる。

そんな人に、今さら会いに行ったところで。

お金を出してくれるほど、世間は甘くない。

しかも、母と絶縁して、一人で生きていくほどの気概は、私にはないんだってことに―――
< 110 / 144 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop