大人のEach Love



「…僕だよ。」


と耳に入ってきたその声の持ち主は、彼の同期。隣の部署である管理課の人だった。


「和久井さんっ?驚かさないで下さいよ!」


相手が誰か分かり、ホッと安堵の溜め息をついてはみたけれど、名乗った和久井さんは更衣室の明かりを灯そうとはしなくて。

彼とは違う男性とこうして暗闇の密室に居る事で、私は心の底からの安心感は得る事が出来ずにいた。


「あ…あの。和久井さん。すみません、暗くて明かりのスイッチも見えないんです。つけて貰えませんか?」


この緊張感から少しでもいいから逃れたくて、そう言葉にしてみても、和久井さんは明かりを灯そうとはしなかった。

和久井さんが着ているだろうスーツの衣擦れ音だけが耳に入り、こちらに向かって歩いて来ている事だけは分かったんだ。


「…何も。何もしないから、怖がらないで。」


切な気な声でそう言った和久井さんは、温かな手で私の手を取りぎゅっと握り締めた…。



< 252 / 266 >

この作品をシェア

pagetop