甘く熱いキスで
劇場はとても大きいものだが、開演10分前には満席になってしまうほど盛況だった。今、フラメ王国で一番人気とも言われるオペラ歌手が主役を務めるためだろう。

ユリアは2階席の狭いシートでそわそわと何度もお尻を持ち上げては座り直すことを繰り返していた。こんな硬い席に3時間も座っていることができるか不安になる。前に人が座っているのも初めてのことだ。

「ユリア様、大丈夫ですか?やはり、特別席を用意させた方がよろしかったのでは……」
「大丈夫!あの、少ししたら、慣れると思うから……ごめんなさい」

ライナーに王女扱いされたくなくて見栄を張ったのに、こんなところに落とし穴があるとは思わなかった。ユリアは一度深呼吸をしてからストンと腰を落とした。むずむずするのは我慢だ。

しかし、やはり5分と経たないうちに我慢できなくなったユリアは、視線を泳がせて肘掛けに乗せられたライナーの腕に視線を止めた。

「ライナー」
「はい?」
「手を繋いでもいい?」

そう言うと、ライナーは少し目を大きく開いたが、すぐに「どうぞ」と言って手のひらを上に向けて差し出してくれた。

ライナーと手を繋げば、少しは気が紛れるかもしれない。ユリアはホッとして彼の手を握る。

少し冷たいライナーの手は、ユリアの心を落ち着かせた。やがて開演のブザーが鳴って舞台が始まると、ユリアの心配も吹き飛ぶ素晴らしい歌声に包まれた。

今回のオペラは何度か観たことがあったから話は覚えていたけれど、主役のオペラ歌手はさすがに人気が出るだけあって、今まで観た誰よりもうまい。

高音域も難なく歌い上げ、真っ直ぐ響いてくる音は劇場に居るすべての観客の心へ突き刺さる。ユリアの心も例外ではなく、心地良く情緒溢れる声に震えた。

歌だけではない。喜怒哀楽の感情表現が繊細な仕草のひとつひとつに込められ、物語に引き込まれた。オーケストラの演奏も文句なしの素晴らしいもので、ユリアは夢中になってオペラを鑑賞したのだった。
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