甘く熱いキスで
「主役のオペラ歌手の人、若かったわね。私たちとあまり変わらないように見えたわ」
「確か……私たちより3つほど年上の方だったと思います」
「きっと、この舞台に立つまでに私たちが想像できないくらい努力をしたのね。だから、あんな風に深みのある音色を紡げる。ライナーは何か楽器をやる?」

なんとなく切り出した話題に、ライナーの手に少し力が籠る。だが、ユリアの思い過ごしだったのか、ライナーはいつもと変わらぬ口調で「フルートを少し」と答えてくれた。

「すごい!今度聴かせて欲しいわ。ねぇ、いいでしょう?そうだ、私がピアノを弾くから、一緒に演奏しましょ?」
「ユリア様との演奏ができるほどうまくないですよ」

ライナーは困ったように笑う。

「技術は関係ないわ。私だって、お母様みたいには弾けないし、ライナーと演奏することに意味があるの。次のデートは――」
「ライナー?」

ユリアの声を遮ったのは、少し高めの男性の声だった。ユリアがそちらを見ると、男がこちらへ向かって歩いてくる。隣には恋人なのか、化粧の濃い女もいる。

「ハハッ、お前、ユリア様を誑かしてるって本当だったのかよ」

公園の近くは大きな通りで、行き交う人はまだ多く、通り過ぎる人々も怪訝そうな目を向けてくる。

「私は誑かされているわけではないわ。貴方、突然失礼よ」

ユリアが男を睨みつけると、男は少し怯えたような気がしたが、ライナーに視線をやって気を取り直したのかにやりと笑みを浮かべる。
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