楠は春に葉を落とす
 彼女は町外れの大きな楠の木のある森の近くに、小さな家を借りて暮らしながら、薬品を作っては行商に出る生活を始めた。

 村魔のいない村の情報を手に入れては、薬を背負って渡り歩く。足も随分強くなり、長い距離を歩くことに泣き言も言わなくなった。

「よぉ、ねぇちゃん」と、たまに悪い男たちに囲まれる時もある。

 でも、心配はいらない。

「日暮れ前にちゃんとどっかの町にたどり着けよ! 俺が見てなかったらどうすんだ!」

 と、クマだったりオオカミだったり、時にはヘビが生意気な声で彼女を助けてくれるからだ。

「国魔様だもの。見てるわよね?」と笑うと、チッと舌打ちをして動物は去っていく。たまに、本人が飛んでくることがあって、そうなれば毎度おなじみ口論が始まる。

 そんな生活をミシイがするようになって、二年がたった頃。

「よぉ、ねぇちゃん」と毎度おなじみの声から始まる悪党たちの登場に、ミシイが今日は何の動物が現れるかとキョロキョロしていたら。

 目の前に。

 突如として黒いローブが現れた。その上に乗っかっているのは、くしゃくしゃの赤毛。動物ではなく、本人がいきなり登場したのだ。

「ええっ、ちょ、ちょっとヤール! どういうこと!?」

「そういうこと。直接魔法陣から飛んできた」

 振り返りながらヤールが笑う。「もう、ズルはなしだぜ」と偉そうな顔をする魔法使いは、悪党どもに石の魔法をかけた後、ミシイに向かってこう言った。褒めろ称えろと言わんばかりの彼の様子にため息をつきながらも、ミシイはとりあえず「おめでと」だけは言っておいた。

 そんな男が。

「これで本当に、好きな場所に住めるようになったんだけど、ミシイの家、部屋空いてる?」

 こんなことをおどけた口調で言い出す。

「ひとつ空いてるけど……散らかす人はお断りよ」

 ミシイもまた、口ではそう言いながらも心の中でわくわくしていた。お師匠様はもういないけれども、弟弟子と一緒に暮らすという、最初の理想が叶う姿がついそこまできていたからだ。

「そこんとこはまあ、多目に見ろよ」

 ヤールもまた、嬉しさがこみ上げるようなニヤニヤ笑いで、自分の悪癖を全然改善する気がないことを告げる。


 そして彼らは。

 姉弟のようにずっと一緒に暮らしましたとさ──というわけにはいかず、ケンカをしたり仲直りしながら、少しずつ関係の色を変えていくこととなる。楠が、春に葉を落とす時に、赤く色づくものがあるように。

 しかし、彼らが一生同じ家で暮らすことになったことだけは、間違いなかった。



『終』

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