桜華抄
夜が明けてきた。ブラインドの隙間から青白い空が透けて見える。
華は立ち上がりそっと窓辺に寄る。まだ夜の暗さの残る街には街路灯がぽつりぽつりと白い灯をともす。いつもの桜が見えた。白い灯の下、枝という枝が薄ピンクの花で重く覆われている。時折吹く風にちらりちらりと花びらが舞い降りる。


――ああ、もう満開になってしまった


華は絶望とともに見つめた。桜がまだあの固いつぼみを揺らしていた頃に戻りたい…。


その時、枕元の機械から絞った音量の警告音が連続して鳴り始めた。
今までも警告音は時々鳴っては止まることを繰り返していた。だが、今は鳴り止まない。
華の背筋から全身へざわざわと悪寒が駆け上がる。


イヤ、イヤ、イヤ、イヤ――


ぱたぱたと足音が近づき、看護師が入ってきた。

「血圧、下がってますね」


――イヤ、イヤ、イヤ。何のこと?

「すぐ先生を呼んできます」

立ち尽くす華の肩を紫音が抱く。
「華ちゃん、ほら、ちゃんとそばに行って。手を握って」

華はこくりとうなずき、ベッド脇に寄せた椅子に座る。震えの止まらない両手で悠河の右手を包み込むように握る。そして目をつぶる。


――どうか、悠河に会わせてください。お願いします。悠河に会いたい。会いたい。会いたい。会いたい……


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