溺愛御曹司に囚われて
「まあ、大丈夫よ。実際あの高瀬くんが浮気なんてないと思うし、もし本当にそうだとしたら、私が蹴りでもくらわしてやるわ」
ヒラヒラと片手を振って心配ないと言う実衣子は、強気でまっすぐで曲がったことが許せなくて、そのせいで時々やりすぎちゃうときもあるけれど、やっぱり優しくて頼りになる友だちだ。
「うん、ありがとう」
「よし! じゃあさっさと仕事を終わらせて小夜をとびっきり可愛くしなきゃ!」
妙な気合を入れた実衣子に続いて、私もデスクに向き直る。
とにかく、自分の目で確かめたい。
私の知らない高瀬がいるなら、私はその彼を見てみたい。
あの口紅とメモとファンデーションの女性のことを考えるのは、そのあとでも遅くはないはずだ。
* * *
「どうしよう、緊張する」
仕事を終わらせ、残ったぶんは実衣子にお願いし、メイクをしてもらい、急いで家に帰っていっちょうらのワンピースに着替え、二十時からのリサイタルにギリギリで間に合った。
幸い当日券を手にすることはできたけれど、いざ会場に入れるとなったら、場違いな雰囲気に気圧されてさっそく帰りたくなってしまった。
ずっとリサイタルで高瀬を探すことばかり考えていたけど、あまりこういう場に縁のなかった私は、ひとりで乗り込んだことを早くも後悔していた。
このリサイタルの演奏者である秋音というヴァイオリニストは、今年でデビュー五周年になるらしい。
かなり人気のある演奏家で、初めはピンとこなかった私も、ホームページに掲載されている写真を見てテレビや雑誌で見覚えのある人だと気が付いた。
クラシック音楽に疎い私でさえ知っている人のリサイタルだけあって、会場は多くの人であふれていた。だけどみんなそれぞれ連れがいるようで、中には顔見知りなのか挨拶を交わしている人もいる。
その様子から、みんなが秋音さんの演奏を聴けることをとても楽しみにしているのが伝わってきた。
そんな中にひとりで来場し、知り合いもおらずポツンと浮いているのは私だけなんじゃないかというほどだ。