溺愛御曹司に囚われて

だけどこれで納得がいく。
秋音さんがデビューからたったの五周年であんなリサイタルを開けてしまうのも、あの場に妙に高貴な雰囲気の漂う人が多かったのも、彼女が高瀬家の娘だからなんだ。

もちろんその事実以上に、彼女のヴァイオリニストとしての実力があってのことなのだろうけれど。

あんぐりと口を開けるを見て、高瀬が仕方ないなって顔で笑う。


「もしかして、本気で俺のこと疑ってた? 姉貴、今年でデビュー五周年だから、なるべく公演に顔見せろってうるさくてさ。あのチケットは俺のと、もう一枚は小夜にやってくれって渡されたんだ」


そこまで言って、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。


「小夜には姉貴のこと言ってなかったし、仕事関係のつまんないやつらもたくさん来るから、お前をそういうのに巻き込みたくなかったんだよ。それに、姉貴にも彼女がいることは言ってあるけど、お前のこと紹介したら絶対気に入ると思ったし、そういうのはまだっていうか、小夜が、なんていうか……」


視線をうつむけて困ったように片手を黒い髪の中に突っ込み、ぐしゃぐしゃと乱してから、もう一度私を覗き込んで言った。


「だけどとにかく、変な心配させてごめんな」


私は急に安心してソファにへなへなと倒れ込む。

なんだ、そうだったんだ。
あの口紅やメモのことも、相手がお姉さんなら納得がいく。

きっとこの前は揃ってパーティーに出席していて、ちょっと持っててとか、預かっててとか、そう言われて口紅をポケットに入れたまま忘れていたなら、私になにも言わずに彼女に返したって不思議じゃない。
あのメモだって、〝T〟のイニシャルからしてそもそも秋音さんのものかもしれない。

高瀬なら他の女の人からもらってたってこともありえるけど、あれはいつ入れられたものかもわからないし、第一ポケットに入れたままだったのだから、そんなに心配することでもないのかもしれない。
もし私に対してやましいことがあってあの番号へ連絡をしていたのなら、とっくにメモを処分しているはずだ。
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