溺愛御曹司に囚われて

そう自分に言い聞かせれば、それが真実なのだと思えた。
もう疑うのは疲れてしまったし、こうして浮気を否定してくれているのだから、もうそれでいいや。

これ以上を望んではいけない。


「ごめんね、高瀬」


急に申し訳なくなってきて、ソファに横たわったまま謝る。

高瀬は片方の眉をピクリと動かし、少し考え込んでから、私の上に覆いかぶさってきた。
鼻の頭に優しく噛みつき、同じところにそっとキスをする。


「ま、許してやるか。今の小夜は、あいつのもんじゃないからな」


私は浮気を疑ってわざわざリサイタルにまでついて行ったことを謝ったつもりだったのだけど、高瀬が気にしているのは一ノ瀬先生のことばかりみたいだ。

せっかく上機嫌になった高瀬をわざわざガッカリさせることもないので、私は黙ってうなずいておく。


彼が私を抱きしめるその腕のぬくもり。
これこそが、今の私の失いたくないものだ。
先生を思ったような激しい恋心を抱いているわけではないけれど、だからこそ、私はこれまで高瀬を失わずにいられたのだ。

浮気だなんて気にするのはもうやめよう。
高瀬の気持ちを私だけに向けていてほしいとか、お姉さんや家族のことをもう少し教えてほしいだとか、そんなことを望むようになってしまったら、私はきっとまたこの関係を壊してしまう。

私にそこまでする価値などないと、もし高瀬に突きつけられたら、私は今度こそ泡になるだろう。

これ以上はなにも求めないから、神様どうか、私から彼を取り上げないで。
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