溺愛御曹司に囚われて


* * *


朝目を覚ますと、隣は空っぽだった。

昨夜久しぶりにムリをしたせいか、起き上がることすら気怠くさせている。ベッドから出たくない。
私は寝室のカーテンの隙間から差し込むわずかな朝日さえ浴びたくはなく、「うーん」と唸りながら頭まで布団を被り直そうとする。

そのときふと、混ざり合った卵と砂糖が焼ける香ばしい匂いが鼻先をくすぐった。
高瀬の作る、蜜のように甘いフレンチトーストの匂いだ。

私は布団を蹴り飛ばし、スリッパを足に引っ掛けて高瀬のいるキッチンへ向かった。


「おはよう。いい匂いがする」


ガスコンロの前に立つ高瀬が、フライパンを揺すりながら肩越しに振り返る。


「おはよう、小夜。今日はちょっと特別バージョンだよ。昨日のパーティーでたまたま、おすすめのレシピを教わったんだ」

「パーティーでレシピを?」


隣に立ってフライパンの中身を覗き込めば、おいしそうに色付いたフレンチトーストが二枚横に並んでいた。
高瀬が頃合いをみて火を止め、私はふたりぶんのお皿を用意する。


「そう。彼女、今はまだ音大生だけど、将来を期待されたピアニストの卵なんだって。音楽家はみんな、料理にもこだわってそうじゃない?」

「え、そうかな」


高瀬の音楽家に対する妙なイメージに首を傾げる。

それとも、それって結構共通のイメージなのかな。私には身近に親しい音楽家などいなかったし、高瀬のようにたくさんの著名人が集まるパーティーなんかに参加したこともないから、いまいちピンとこないのだ。


高瀬とは高校の同級生で、私にとって彼は誰にも知られたくない秘密を唯一知られてしまった相手だったけど、私が高瀬の育った家が老舗の有名シューズメーカーだってことを知ったのは、大学に進学してからだった。

シューズメーカーの「TAKASE」はオシャレを楽しむ人のための高級ブランドで、高校生の頃には履けなかった大人っぽくてかっこいいハイヒールに憧れを持ち始めていた私は、そのことを知って飛び上がるほど驚いた。
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