溺愛御曹司に囚われて

「履いていたパンプスのヒールが折れてしまって、困っていたところをある男性に助けられたんです。彼は躊躇することなく私を抱き上げて、車まで運んでくれました」

「へえ、素敵な方ですね。その人が靴をくれたの?」


なんだか、学生の頃の女の子同士での恋愛トークみたい。
はにかむように微笑む彼女が可愛らしくて、私もついついもっと聞きたくなる。


「私、最初はまずいと思ったんです。ひと気のない駐車場で車に連れ込まれたら大変ですから。でも彼はとっても紳士的で、車にあった新しい靴をくれたんです。仕事の関係で、たまたま余ったのを持っていたからと言って」


私は話に夢中でうんうんとうなずき先を促した。
だって、紳士的で素敵な男性に靴をもらうなんて、とってもロマンチックだと思う。


「彼、私の演奏を何度か聴いたことがあると言ってくれて、名前を知らなかったから種本隆盛の娘だったなんて後から知ったけど、とっても印象的だったって」


目を伏せながら語る彼女は、その言葉を宝物のようになぞる。

彼女はきっと今、戦ってるんだ。
天才ピアニスト・種本隆盛の娘としてではなく、ひとりの音楽家として認められるために。

そんな彼女にとって、その男性の言葉はどれ程の力になったんだろう。


「私、お世辞だとしてもうれしくて、忘れられなくなってしまったんです。もう一度どこかで出会いたいと思っていたら、そのあと何度か父の代わりに出席したパーティーでその男性を見つけたんです」

「え、すごい! 再会できたんですね!」


興奮して身を乗り出す私に、種本月子はうれしそうに微笑んだ。
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