溺愛御曹司に囚われて

種本月子は声を低く落とし、真剣な表情で語り始める。


「もちろん彼が彼女とうまくいってるなら、邪魔なんてする気はないです。でも彼にわざとらしい連絡先のメモを渡しても、借りたスーツの上着にファンデーションを付けたりしても、彼に拒まれることもなければ、彼女さんからの反応もなくて、おかしいと思ったんです」


あの夜クローゼットの中のスーツから見つけた、連絡先の書かれたメモと、内ポケットの側に残ったファンデーションの跡。
それらを見つけたときの、心臓を直接掴まれたような緊張感が肌によみがえる。

仲の良いカップルなら、第三者にそんなことをされればなにかしらの反応があるはずだというのが種本月子の主張だ。

彼女が気づいて怒るかもしれないし、たとえ彼女には知られなくても、それを心配する彼のほうから忠告があるはずだと。
それなのに、その男はそれから何度パーティーで顔を合わせても自分を遠ざけようとはしない。


「だから私、思い切って彼のスーツのポケットに口紅を入れてみたんです。そしたら次の日彼から連絡が来て、『口紅なくしてない?』なんて」


ああ――。
こんな形で知りたくなんてなかったのに。

目眩がしてうまく呼吸ができない。
思いがけなく辿り着いてしまった真相を直視する勇気のない私は、黙ったまま彼女の話を聞くことしかできなかった。


「やっぱり変だと思うんです。同棲してるのに、そんなわざとらしい口紅を見つけても彼女からは牽制のひとつもないし。もし気づいていないんだとしたら、それだけ彼に興味がないって証拠じゃないですか?」


違う。そういうことじゃない。

私に直接突きつけられるかのような彼女の言葉に反論したいのに、なぜか自信をもてない自分がいる。


「今夜なんて私、彼とふたりきりで会うこと、あっさり許してもらったんですよ。だから、それなら私が奪ってもいいんじゃないかなって」


頭の中が真っ白になった。
瞼の裏に浮かぶのは、煌びやかなパーティーの真ん中で寄り添って立つ、高瀬と種本月子の姿。
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