溺愛御曹司に囚われて
木々が生い茂り、風に吹かれた葉がささやき合う音がする。
その奥からは微かな水音が聞こえ、私を誘うように風に運ばれてくる。
草と水のささやきに混じり、甘い花の香が鼻先をくすぐった。
自然をそのままにいかした庭園が、月の光に照らされて夜の闇に浮かび上がる。
まるでそこだけ時代も違う異国の風景を切り取ったようだった。
この庭園に足を踏み入れれば、たちまちにおとぎ話がはじまりそうな予感さえする。
私はその魅惑的な予感に誘われるまま、目の前に広がる庭園に足を踏み入れた。
庭園の中もまた広大だった。
緩やかに流れる水と、その上にかかる橋。
橋の向こうには、花々と木々に覆われたアーチがあった。
一歩踏み出す度に心臓が音を立てる。
自分の鼓動が大きく聞こえた。
風が吹いて、木々の葉がさわさわと笑う。
アーチをくぐり抜けると、控えめな音を立てる噴水があった。
西洋の噴水は大抵大きくて豪華でたくさんの水があふれ出るイメージだけど、そこにあるのは流れて形を変える水の様子が見て取れるような、どこか日本的な情緒を合わせ持つとても素敵なものだった。
水面に星が映って光る。
水に打たれてゆらゆらと波打ち、夜空を揺らした。
今夜は丸い月が出て、木々に囲まれて丸く開かれたその場所を明るく照らしている。
噴水の向こう側に、月明かりを受けて一際輝く白い八角形の小さなガゼボが見える。
そして私は息を止めた。
その中に佇む背中を見つめる。
私は一歩一歩、この空間を壊してしまわないように静かに進んだ。
静寂がつくりだす美しい夜を、ハイヒールの踏み鳴らす音が切り裂いてしまわないように。